第一章

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 せせらせせらと吹く風に、木々の枯葉が舞い踊る。黄色に、茶色に、赤に、暖かな色が森にまざった。少年は、そんな森の中を元気よく駆け回っていた。森で拾った枯れ枝を持って。少年は走りながら、祖母の話を思い出した。 『あんまり、森の奥に行くんじゃないよ。森の奥には人間になりすましたライカンスロープが棲んでいて、お前みたいな小さなガキを連れさらって食っちまうからね』  ライカンスロープ、つまり狼人間だ。でも、まだ大丈夫。だって、ライカンスロープは夜にならないと、狼になれないってお母さんに聞いたもんね。それよりも僕は――。そこまで、考えて、少年は胸をときめかせ、頬を赤らめた。「またあの子に会いたいな」  あの子は、今どこにいるだろう。森の中に住む不思議な人。人だけどちょっと変。翼の生えた女の子。でも、すごく優しかったんだ。  村の友達には話してみたけど、誰も信じてはくれなかった。だから、まだ大人には話していない。だって、言ったところできっと信じてくれないし、また勝手に森の奥に入ったことを怒られるに決まっているもの。  この森は村にとって、神聖な場所だった。少年にはその理由はよく分からなかったが、何でも神様が住んでいるとか。そんな風に聞いていた。もうすぐ、村で執り行われる収穫祭も、森の神様に感謝と尊敬を送るためだとか。  でも、森の神様ってどこにいるのだろう。少年はいつもそれが分からなかった。こんなに自分が森中を走り回っても、一度も会ったことがない。会いたいと思っても会えない。神様は自分に何かしてくれただろうか。何もしてくれていない。でも、それなのに、感謝をするってどういうことなのだろう。  数時間は森の中を探索していた。まだ誰も行っていないような奥を目指して。だけど、どこまで行っても、同じような景色ばかりで、何も変化はなかった。動物にすら、会わなかった。気が付くと、枝葉の間から、赤みを刺した空が見える。少年は立ち止まった。もうすぐ夜が来る。帰らなきゃ。残念そうに肩を落としながら、少年はそう思った。そう思って、後ろを向いた。歩き出そうとした時だった。  男が立っていた。みすぼらしい格好をした男だった。灰色の布を羽織っていた。毛むくじゃらの頭で、顔はよく見えなかった。 「腹が減った」男はそれだけ言った。伸ばされた腕は、がりがりに痩せ細っていて、骨がそのまま浮き出ているかに見えた。
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