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少年は硬直していた。思考が一時停止していた。ふとして思ったのは、この男は、危険だということ。それだけだった。気が付くと男の腕が自分の首を掴もうとしていた。必死に振り払う。だが、細い腕にも関わらず、びくともしなかった。掴まれる。少年の腕。そのまま押し込められた。地面に叩かれ、背中に強い衝撃が走る。それはそのまま喉に走って、嗚咽となって吐き出された。臭い液が垂れてくる。どろりと、粘着質を持った液だった。少年の頬を伝う。上を見れば、男が歯を剥き出しにし、こちらに、今にも噛み付かんとしていた。
掴まれた腕は、男の爪が食い込み、血が出ていた。それを男がざらざらとした舌で舐めとった。
「旨そうな、肉だ。久しぶりの、肉」
その声を聞いた時、背筋が凍り、少年は泣き叫んだ。泣き叫ぶことしか出来なかった。逃げることが出来ない。殺される。そう思った。それも最も残酷な方法で、自分は八つ裂きにされるのだ。幼心からも、その殺気立つ男の牙からは、自分の死が当然のことであるかのように予告された。
ああ、そうか。おれ、婆ちゃんの言うことを聞かなかったから、ライカンスロープに食われるのか。そんな風に諦観染みた答えが出てきた。
口が大きく開けられた。人間のものとは思えない大きな口、そして、牙があった。のこぎりの刃のようにずらりと並んでいた。首に激痛が走って、血が噴出した。
空は満月の夜だった。少年の血が月を寸断した。
浮いているような感触があった。体が上下に揺れている。空でも飛んでいるのか? そう思った。そういえば、さっきライカンスロープに食い殺されたんだっけ? 通りで。妙に納得してしまう。
婆ちゃんと母ちゃんは元気かな? 本当にごめんよ。おれが言うことを聞かずに森なんて入ったから。言う通りに村の友達と遊んでいれば良かったよ! あんな怖い目に合うなんて、思いもしなかった。
ああ、何だか眠いや……
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