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軋む廊下を足早に歩く桜の姿に、通り過ぎる隊士達は困惑の色を浮かべる。
「……昨日の……」
見たことのない容姿と、昨日の出来事は広まっているのだろう。
口々に声が飛ぶが、桜は石段に揃えたヒールに脚をいれた。
……どこ行くかな……
結局一人ってうけるんだけど
どこ行っても一人か……
思わず失笑する桜は、その場から歩き始めた。
桜が去った部屋では、困惑の色があとを残していた。
総司が直ぐに、部屋を出ていったが見送ればさらに目を合わせる仕草が見える。
「……身体を売ってきたとは……」
「遊女だろ」
「……放っておくわけにはいかんだろう。あの身なりで外になど出ればよからんものに巻き込まれても可笑しくはないぞ」
「……近藤さん。あんたは人がよすぎる……。本当に信じてんのか、非現実的な事が本当に起こるとでも本気で思ってんのか」
土方は溜め息をついたが……。
「なら土方君はあの身なりをどう証明しますか?訛りもない。流暢に喋られる。密命の件が引っ掛かるんでしょうが句集も何やらあるようですが」
静かに諭すように口を開いた山南に出鼻を挫かれる。
「斬ろうと思えばあの時、斬れた。土方君だけでなく近藤さんや沖田君も。それに私も。半々でしょう。同じですよ」
内心を語るかのように山南は再び口を開いたが、一同に浮かんだのはあの目……。
桜の目だ……。
死んだ目は……何を見てきたのか……。
会話が終われば、山南は一人部屋を去るが廊下を歩みながらふと前川邸に目を向けた。
『形振りかまえるのは、心に余裕があるから』
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