第1章 ながい眠り

5/32
前へ
/161ページ
次へ
 夕焼けが微かに水面に反射する河原で野球の練習をしている小学生達が見える。  そこから数十メートル程離れた場所に、川を跨ぐ7本足の鉄橋が線路を担いでいた。  そのたもとに先程の兎が逃げ場を失い立ち尽くす姿がある。  コンクリート壁を背にして、もっと後ろに下がれないかと試行している様だが、退路は完全に断たれていた。  残された道は目の前のモップ頭に立ち向かうか、助けを呼ぶかと言ったところ。 「てめえ、手間取らせやがって。覚悟しやがれ!!」 「ひえぇぇぇ……」  右肩をぐるぐると回し、握り拳を作りながら、モップ頭は追い詰めた学生服少年との距離を詰める。  気が弱そうな少年は恐怖に言葉も出ない様で、乱れた呼吸と一緒に、口を金魚みたいにパクパクさせている。  貧乏ゆすりの足で支えていた学生服少年の身体は、膝が耐えられなくなり、崩れるように地面へとへたり込む。  腰を落としてしまっては、上からの攻撃を防ぐのは難しい。  万事休すか。先程の商店街で、密かに祈りをささげていた主婦の願いは、神とやらには届かないのか。  モップ頭は握り拳にした右手を勢いよく振りおろす。  動かなくなった少年への一撃だ。  まばたきをして目を開いた瞬間には、拳が少年の顔を捕えるかに思われたその時。  モップ頭の後方から拳と同じ大きさの石ころ飛んできて、手の甲に激しくがぶつかる。  思いがけない痛みに手をパタパタさせながら悶える。  モップ頭は自分の股の間に右手を挟み、「誰だ!!」とひとつ声を上げる。  送った視線の先には、夕焼けに浮かぶ一人の男が見えた。  何やらポーズを取り土手に立って、2人を見下ろしている。  歩だった。 「そこまでだ。その矛先を俺に向けろ」  2人を追走してきた歩が右親指をたてながら、自分の顔の方を指している。 「何言ってやがんだ。馬鹿かお前は?」  決めポーズをバカにされた歩は少しカチンとくる。  再びウサギ狩りをしようとするライオンを止めるべく、直ぐ様ダッシュで土手を掛け降りた。  芝に足を取られながらもバランスをとり続ける姿はボーダーさながらである。  モップ頭が振り下ろそうとした右拳を、割り込んできた歩が掲げた左腕でいなした。  目の前で怒りをあらわにしてわめき始めるモップ頭。歩はそれを見て不適に笑ってみせた。
/161ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加