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歩がそんな事を考えていた時だった。
モップ頭の背中の向こう側に現れた人影を視界に捕えた。
ネオンに逆光する、髪型と身体のラインのシルエットから女性と判断出来た。
「あらお兄さん、体力が有り余ってるみたいね。私の店で遊んでいかない?」
キャッチの様だ。
この黄色い声色は間違いなく女性だ。
こんな状況下にいる男を、客として呼ぼうとするその接客魂に感心する一方、女の助けかと歩は後悔した。
女性ではモップ頭の拳を退けるのは難しいだろう。血に飢えたモップ頭のライオンを相手にするのは酷な話だろう。
それでもこの助け船に賭けてみよう。
歩は黙り込んで、モップ頭とシルエットの女のやり取りを見守る事にした。
「うるせぇよブス。こっちは今取り込み中だ。あっちに行け」
首をひねり、後方を見るモップ頭は悪態をつく。
それに直ぐ様反応した女は、モップ頭の首に手をまわして上目遣いの仕草をしはじめた。
まんざらでもないと思ったのだろうか。モップ頭は怒りを静めていく。
愛情劇でも始まるのかと、客引きの女に呆れながら見つめていると、小さく閃光が走った。
丁度、ぼんのくぼ辺りに。
「いつでもいらしてね。私、待ってるから」
モップ頭はさっきまでの闘争心を抜かれたように、トボトボと通りに消えていった。
何が起こったのか分からず唖然としていると、目の前にその女がやってきて、歩に色白な手を差し伸べる。
穏やかな柑橘系の匂いがした。
「遅くなってゴメンね。初陣は随分と大変だったみたいね」
間近で確認した女に歩は見覚えがあった。
くりりと丸く大きな薄いオレンジ色の瞳。
巻き髪になってる茶色の髪の毛。
相棒の駆とよく似ていた。
手を差し伸べた女は艶やかな朱色のドレスに身を包んだ駆の姉、希であった。
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