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「そこで重要な事がもう1つあるの」
細長いグラスからポッキーを一本取って口に運ぶ希。
そのポッキーの行方。潤った唇の中で砕かれて行く様を見て、歩はいかがわしい想像をしてしまった。
「アユム君、今、私の唇をじっと見てるでしょ?」
「あ、いや、すみません」
心を読まれて目ざとい指摘に狼狽する歩。頭をかきながら焦る彼を笑いながらも希は話を続けた。
「いいの、いいの。これが私の力だから。プラスワンの力。打ち込んだ後は、使うものによって効力が変わってくるの」
「姉さんが得意なのは相手を虜にさせる事だもんね」
おどける駆の発言は、他者からすればとんでもないことであり、歩はとまどうしかなかった。
ドレスの胸元を軽く直して左右の足を組み直す。希のそんな仕草は確かに魅力的だ。
「俺にもその力はあるんですよね? だから、希さんは俺に《楔》のことを話した」
「うん。黙ってても良かったんだけど、弟の親友が苦しんでるのを放っておけなかったの。よけいなことだったかも知れないけど」
「いえ、本当に助かります。俺はこのまま、運命を受け入れるつもりはありませんから」
うつむく歩の表情は悲哀に満ちていた。
その理由を知っている駆と希だからこそ、あえて《楔》の力を教えたのだ。
「まだ力を実感出来てないから、今回はうまくいかなかったのかもね。《楔》は思念を束ねないといけないから」
希は自分の手に握り拳を作り、指を一本ずつ開いている。
生まれ持って力を所持して今の歳に至るまで力を行使してきた2人と歩では場数が違うのも無理はない。
しかしそれでも、歩は澪菜を目覚めさせる為に力を操り、探さなくてはならない。
──澪菜の明日を。
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