三つの願い

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「とりあえず、十億」  俺は、猿の左手の木乃伊(みいら)を箱からとりだした。  ぐにゃり、と空間が(ゆが)んだ気がした。  気付いた時には目の前に見覚えのないスーツケースが転がっていた。  俺は、恐る恐る中を開けてみた。  …………札束が、ぎっしりつまっている。  この束ひとつ、百万か?  百万、二百万、三百万…五百万、六百万……。  一列で一億くらいか。  ざっと見て、十億。 「十億だよ! 十億!!」  俺は有頂天(うちょうてん)になっていた。  何度、数えてもスーツケースの中には十億円入っていた。  興奮のあまり、ろくに睡眠もとれずに、朝を迎えてしまった。  喉が渇いたので階下の台所へ向かった。  牛乳を一杯飲むと急に眠気が(おそ)ってきたのでベッドに横たわった。  眠りは唐突(とうとつ)に訪れ、気がついた時には、陽が高かった。 「あら、もう新しいバイト辞めちゃったの?」  朝食を食べに階下の台所に入ると、口うるさい母親が待っていた。 「まだ一月もたってないじゃないの」  俺はコップに牛乳をよそって、飲み干した。 「うるさいな」 「なによ。アナタの事を心配してるんじゃないの」  いつも、こうだ。  何も知らない癖に。 「俺はもうバイトなんてしなくていいんだよ」  大金持ちになったんだから。 「何言ってんのよ!   このままニートになるなんてお断りですからね!!」  キンキン響く声で怒鳴りやがって。  俺は、部屋に取って返した。 「うるせえんだよ。クソババア」  俺には、猿の左手があるんだ。 「アイツが永遠に黙りますように」  俺は、二つ目の願いを叶えた。  台所に降りていくと、母親は白目を()いて床に倒れていた。 「おい」  揺すっても反応は、なかった。  呼吸を確認したが息はしていなかった。  まさか、死んじまうなんて。  生きていた時は、あんなに(うるさ)かったのに。今は、とても静かだ。  しばらくして頭が冷えてきた。  しまった。  かっとなって、つい 大切な「二つ目の願い」使っちまった。  悔やんでも、もう取り返しがつかない。  それより目の前にある死体を、どうしたらいい?  自然死だとは思う。  葬式とか、どうしたらいいのか解らないし。  人にどう説明したらいい?  何もかも、面倒だ。 「黙りますように」じゃなく「消えますように」にすれば良かったんだ。
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