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夜の闇を打ち消すほど華やかなネオン街。
しかし、一旦裏に回ってしまえば表の華やかさや騒がしさが嘘のように暗くて静かである。表が輝かしければ輝かしいほど裏の影や闇は深くて濃い。
そのネオン街の裏路地を、一人の男が決死の表情を浮かべて逃げるように走っていた。痰の混じったような荒い呼吸と、その肥えた無様な体躯の重量が奏でる不規則な足音が錆だらけの建物で形作られた路地に響く。
その男の年齢は四十後半だろう。角張った猿人に似た顔に、やや後退した白髪混じりの短髪は手入れの行き届いていない証拠に雲脂が浮いている。
服装は染みだらけの、量販店などで簡単に手に入れられる半袖の白いTシャツに伸縮性がありそうな鼠に似た色をしたズボン。
不潔そうな人物だった。しかし、最も目を惹くのは彼の右手である。
男の右手はその指がほぼ全て、まるで硬い物に横からぶち当たったようにあらぬ方向に折れ曲がっていた。まるで芸術家が作った、意を汲み取り難いオブジェのように。
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