夜の微睡みの中で

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女は無言で逃走者を追う。 低位置で、疎らに閃光する蛍光灯に照らされた彼女の右手。そこで把持された六三式の安全装置は外されている。 そこの引き金に彼女の指は掛かっていなかった。右手の人差し指はピンと真っ直ぐ伸ばしてあり、トリガーガードという引き金を覆う部分の外に出ていた。 これは暴発を防ぐ為である。 彼女は逃走者が引き返してきて反撃や待ち伏せをするほど度胸の無い事を知っているのか、走る事だけに専念していた。 なので、ふとした衝撃で銃弾が発射されないよう、彼女は引き金から指を外しているのだ。これは銃を扱う者に取っては基本的なルールである。 聳え立つビル群に切り取られた夜空から差し込む、月の妖美な光に照らされながら彼女は走る。闇夜を駆ける漆黒の狩人は漸く辿り着いた。漸く見つけた。 「……見つけた……」 能面のように無表情だった彼女の口角が微かに上がる。その無機質な声は静寂に包まれた路上で一切響く事は無く、彼女の口腔で溶けるように消えた。
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