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「幸子……」
ベッドから離れると床に膝を着ける祐介くんは、床を相手に想いをぶつけ始めた私を間近くで見つめてくる。
「雨が降れば隠してくれるけど、今日はっ……さっきは2人の前だったし、そんなの泣けるわけないじゃない」
「うん……」
「クッ、なの、なのに“泣きなよ”なんて言わ、言わな……」
「幸子、ごめん」
祐介くんが手を差し伸べてくる。
どのみち今、すごくかっこ悪いよ。
結局……泣いてるじゃない。
「生きて……」
私が小さく呟くと、私に触れようとしていた手が止まる。
いつにもなく見開かれた、祐介くんの瞳が見える。
「……え」
「祐介くん、言ったでしょう」
『これから幸子が名前を好きになれるように、僕は人肌脱ぐよ』
これはあの日、私が返せなかった言葉。
「名前なんて、とっくに好きになってる」
「……じゃあ、人肌脱がなくていいの?」
「いい」
「……」
表情を隠すように私が額に手の甲を押し当てると、顔に影が落ちる。
「何もしてくれなくていいから、いてくれるだけで、いいから」
返事を返せなかったのは、彼をどう想っているのか、確実な答えにまだ気付けていなかったから。
だけど、それ以上に大きな理由があったの。
「私は好きな人が出来ても、積極的に頑張れる人間じゃなかった」
「……」
「付き合うとか、そうなりたいとも思わなくて……執着もしなかった。でもそれは……言い訳だったのかもしれません。本気になって、その人を失うのが怖かったのかもしれません」
「俺に……いてほしいって、想った?」
祐介くんはそう言いながら、私の手を額から退ける。
私は、目線を下げたまま頷く。
瞬きをしない目からは、丸い透明の粒が落ちた。
――ポタッ、ポタタ
私が抱いた自分への想い。
それを初めて知った祐介くんに、顔を背けられてしまう。
彼の表情を伺うと、ほんの少しだけ、少しだけ赤く染まった顔。
あ……。
「……」
「……ズッ」
暫く続いた沈黙。
ふいに、私の視界に大きな手が現れた。
ゆっくりと顔をあげれば、すぐ近くに祐介くんの顔がある。
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