序(甲)

4/5
前へ
/91ページ
次へ
 すると、台所の棚から2本の鉄のスプーンが浮き上がり、時折互いにぶつかりながら、ゆらゆらとマテラの手のひらの上に至った。   「またこの子は」    それを眺める老婆は、困ったような顔を浮かべる。    次いでマテラがスプーンから老婆に視線を移すと、1本は自身の手のひらに、もう片方は老婆の皿の上に収まった。   「そんなことに霊力を使ってはならないと云っているでしょう」   「うん、このスープ最高」    この老婆の反応を予期していたマテラは、早速スプーンを使って、悪戯っぽい笑みを零す。対する老婆は半ば諦めながらも、   「精霊に畏怖と親和を」    独り言のように唱えてから、スプーンを手にした。    このように大気中の霊力を使役することは、この国とそれ以外の一部の人々には造作も無いことである。人間はもう誰も覚えていない程の昔から、そうして精霊たちと共に暮らしてきたのだから。   「レイグル人のような振る舞いをしてはなりませんよ」    だが、近年の事情は変わりつつある。   「誇り高きバラフトの民は、精霊と霊力の……」   「もう、それは分かったってば」    幾度となく聞かされた文句を耳にして、マテラはたまらず制止した。   「……」    老婆は一度押し黙って、馬鈴薯を口にする。それから、   「嫌だよ戦争は。若い者は皆軍に駆り出されてしまうし、いつこの村にも火の手が迫るやら」
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加