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すると、台所の棚から2本の鉄のスプーンが浮き上がり、時折互いにぶつかりながら、ゆらゆらとマテラの手のひらの上に至った。
「またこの子は」
それを眺める老婆は、困ったような顔を浮かべる。
次いでマテラがスプーンから老婆に視線を移すと、1本は自身の手のひらに、もう片方は老婆の皿の上に収まった。
「そんなことに霊力を使ってはならないと云っているでしょう」
「うん、このスープ最高」
この老婆の反応を予期していたマテラは、早速スプーンを使って、悪戯っぽい笑みを零す。対する老婆は半ば諦めながらも、
「精霊に畏怖と親和を」
独り言のように唱えてから、スプーンを手にした。
このように大気中の霊力を使役することは、この国とそれ以外の一部の人々には造作も無いことである。人間はもう誰も覚えていない程の昔から、そうして精霊たちと共に暮らしてきたのだから。
「レイグル人のような振る舞いをしてはなりませんよ」
だが、近年の事情は変わりつつある。
「誇り高きバラフトの民は、精霊と霊力の……」
「もう、それは分かったってば」
幾度となく聞かされた文句を耳にして、マテラはたまらず制止した。
「……」
老婆は一度押し黙って、馬鈴薯を口にする。それから、
「嫌だよ戦争は。若い者は皆軍に駆り出されてしまうし、いつこの村にも火の手が迫るやら」
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