序(乙)

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   上下左右の無限の空。    ここでは下方に海や大地など無く、大気と雲のみが宇宙の様に広がる。    これは、そこにたったひとつだけ浮かぶ、孤空の大陸の物語。大陸中央部での、永きに渡る戦火の一端、辺境の村ハルトより始まる。    戦火――その宗教戦争は、同一教内でのほんの些末な解釈の違い、つまり宗派を巡る小競り合いから始まった。しかし、それから四半世紀を過ぎた今でもそのことを覚えている者は、稀である。    それらの宗派を擁する中心的国家はレイグル及びバラフトであり、件の争いは、そのままこの2国家間の戦争とも置き換えることができる。    宗派の違いとは、同じ精霊信仰に対する解釈の違いであり、霊力を利益のために貪欲に使用するか否かの違いである。    その意味でバラフトは保守派であり、永い間人間がそうしてきたように精霊と共生しようとすることを旨とする。その具体例は、修練を重ねた魔導士による霊力の人体使役である。    対するレイグルは対極的に、霊力を有効なエネルギー源として活用する。これによって夜の油脂ランプは不要となり、馬車から馬の姿は消え、弓を引かずともあらゆる弾頭を高速で発射できるのである。だが、両者の戦果は均衡していた。    この戦いに対して他の周辺国家は傍観的であり、また2ヶ国程極端な信仰観念をも持ち合わせていなかった。レイグルとバラフトが直接国境を接しているという地理的条件もまた、火の粉を浴びたくない他国の敬遠心を助けていたのである。
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