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階段の踊り場に着き、時計に目をやれば結構な時間が経っていた。これは本気で間に合わないかもしれない。
「…!大変!ニャンコさん、急いで下さいな!」
「そんな慌てると」
転ぶよ、と黒猫が言い掛けた瞬間だった。
焦ったせいだろう、先を急いでいた四季が足を掛けたはずの階段から靴先を滑らせたのだ。鈍い彼女には事態を理解することよりも早く、ずるっと身体が大幅に傾く。
空中へと無防備な格好で投げ出さようとしていた。しかも運悪く、足を滑らせたのが階段の踊り場付近。この高さから、床に叩き付けられれば怪我だけでは済まないかもしれない。勿論、四季に受け身など出来るはずもなく。
「っ!?お嬢さ」
事態に気付いた眷属が声を上げるが、主人よりも身体の小さな獣では支えることも出来ず、共に空中へと身体を預ける形になった。
せめて主の怪我が軽減するように、ポケットから彼女の下敷きになるために飛び出そうとした瞬間。
グンッと凄まじい力で上へと引き上げられた。
そうして同時にお腹や肩に回された腕の暖かさ。力強いその腕はギリギリの所で四季の細い身体を捕らえた。
「…っ、あ」
足元が地につかない、彼の腕の力のみで支えられた状態で漸く私の頭は現状を把握しようと動きだす。けれど混乱した思考では上手くいかない。
「………………はぁ……だから転ぶって言ったよね?」
普段では有り得ないような耳元の近くからニャンコさんの声音が響く。どこか呆れているような声なのに、囁かれているような錯覚を起こしてしまう。そんなの場違いなのに。自然と顔に熱が集まりだして、彼を意識した途端に身体に巻き付いた腕が熱を加速させる。そんな恥ずかしさと情けない気持ちが溢れて、顔を歪ませていく。
「……うぅっ、ごめんなさい」
「…………それだけ?」
「……………………………………ありがとうございますぅ」
空中でニャンコさんの腕にぶら下がったまま、泣きそう声を出す私はきっとみっともないにちがいない。
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