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放課後、見慣れぬ校内を地図を片手に歩き回る。案内を申し出てくれた方もいたが、申し訳ないけれど全て断った。やはり一人の方が気楽だし、と考えていた所で制服のジャケットのポケットから屋敷からずっとお供してくれている小さな兎が窮屈そうに顔だけを出す。この獣は元来なら魔界でも能力の低い獣なのだが、唯一の力として己の姿の大きさを自在に操る事ができる。本来は天敵から姿を隠す能力なのだけれど今は私付きの僕として、その力を使っていた。
そんな兎をお供に校内を気ままに回る。
「あら…?あららー……ここはどこ…?」
校舎の影、林に囲まれた薄暗い場所に出て首を傾げる。頼りの地図を見れば、「体育館裏」と示されていた。
刹那、ポケットに収まっていた兎の長い耳がピンと警戒するように天を向く。白い毛並みは逆立ち、真っ赤な瞳を限界まで大きく見開いていた。
「…お嬢様、戻りましょう。嫌な気配が致します」
ぶるぶる、まるで獣に狩られる獲物のように震える。これらの反応は自然界で敵に対する防衛本能のようなものだが、世間を知らず天敵に対して怯えることもなく育った四季には分からなかった。
「あら、何事も冒険だと言いますわ」
「お嬢様!」
小さな兎が眼球をギリギリまで見開き、これ以上は駄目だと非難の悲鳴を上げる。そんな必死な忠告も聞かず、奥へと進むために足を出した瞬間。
突然、荒々しい罵声を浴びた。
「調子にのってんじゃねぇぞ!」
あまりの大声にビクリ、と肩が跳ねる。
けれどその声は私に向けられた訳でなくて、自分が立つ場所からさらに奥から響いていた。野次のような声のせる方角を校舎の壁に隠れるように覗き込めば、柄の悪い集団に囲まれて罵声を浴びる一人の青年がいて。よく顔が見えないけれど彼は抵抗もなく、おとなしく囲まれている。よく見れば全員がこの学園の制服に袖を通していることに気付いた。
キョトンと瞬きを一つして、納得したような声を上げる。
「あら、これが「いじめ」と言う奴ですか?」
「お嬢様!何を呑気に!巻き込まれる前に逃げましょう」
兎の警告は虚しく不良たちの大声に妨げられ、主人の耳には届かない。
「テメェ!いい加減にしやがれ…!」
ついに我慢が切れたのか、不良らしき集団の一人が青年の襟首を掴むと、勢いよく握りしめた拳を振り上げた。
「……!」
咄嗟に隠れていることも忘れて、危ない!と叫ぼうと口を開きかけた。
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