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けれど振り落とした拳は青年に当たる事はなく、ただコンクリートの壁に当たる鈍い音だけを虚しく響かせただけだった。
「……え」
四季も男達も己が目を疑った。囲まれていた青年が一瞬にして姿を消したからだ。ましてや彼は不良たちの背後を取って憮然とした表情で立っていた。瞬時にして場にいた全員が呆気にとられ、反応が遅れる。そんな馬鹿な、半信半疑で青年へと男達が振り返った先、彼らはここで手を出してはいけないものに手を出したのだと初めて知った。
「さぁ、遊ぼっか?」
ニタリ、
固く結ばれていたはずの唇が月のような鮮やかな弧を描く。微かに口元からは鋭い八重歯が覗いた。
その瞬間、今までのおとなしさが嘘のように、明らかな劣勢のはずの青年の口元が、酷くイビツに歪んだ。
そうして漆黒のような黒髪から覗く金の瞳は、まるで狩りを行う獣のような残酷さを滲ませていて。その姿を視界に入れた途端、言い様のない恐怖に似た寒さが稲妻のように四季の背筋を駆け抜ける。それは彼女が今まで体験したのことのない、絶対的恐怖であった。
その刹那、青年は目では追い付けないスピードで姿を消した。囲んでいた男達がたじろぐ隙に、次々と手刀と蹴りが彼らを四方八方から襲う。動きに合わせるように艶のある黒髪が流れた。
「がっ!…は、」
一人の懐に拳をたたき込むと直ぐさに反転し、囲むようにしていた彼らに蹴りをお見舞いした。すると骨が折れるような鈍い音をたて、男が呻き声を上げて力なく地面へと顔をつける。
「…ぐっ…!」
防御することも知らない、ただの不良では防げるはずもなく呆気なく地へと次々と伏せていく。
そんな一方的な暴力にポケットに入っている兎は視線を反らすが、四季は魅せられたように青年の動きを目で追った。彼が動くたび白い学校指定のシャツが返り血で汚れ、澄み切った空を舞う。ああ。晴天の今日に、なんて不似合いな光景。
「ハハッ、もっと楽しませてよ」
どこまでも、どこまでも愉快そうに青年は瞳を細めて笑う。瞬く間の形勢逆転。青年は不良たちをあしらうように軽やかな動きで、次々と相手を強靭な力でねじ伏せていった。まるで喧嘩を仕掛けた不良を馬鹿にするような圧倒さで。
そして、ついに彼と四季以外その場に立っている人間が消えた。他の者は意識なく、血か泡を口から吐き出して地面に倒れている。剥き出しの土には酷さを語るように血が斑模様を作っていた。
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