桜と紋白蝶

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   おじいさんはおばあさんが亡くなった後、山の上の家でひっそりと暮らしていました。  おじいさんは、コンクリートの道路も、走る車もない昔、この山の上に暮らしていたのです。  おばあさんと出会って結婚するまでの、おじいさんの思い出がたくさんつまったこの場所。  けれど今見える景色は、あの頃とは少し違っていました。  窓から見える、大きな桜。  おじいさんが青年だった頃は、毎年満開の花を咲かせていました。  今は、つぼみも付けず、うつむいたまま。  桜が見たい。おじいさんはその一心で世話をしましたが、桜の咲く気配はありませんでした。  倒れそうな枝を、棒切れで支えても。  水分が行き渡らない乾いた幹に、薬を塗っても。 「もう一度だけでもいいから、桜を見たいなぁ……」  おじいさんの願いは叶わないまま、今年も桜の季節は終わろうとしていました。  
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