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"天使の声で。"
音の無い世界…――
幼い頃、俺が生きている世界はそんな所だった。
俺の周囲には沢山の音や声が溢れていた…のだと思う、多分。
けれど、"目覚めて"からずっと無音に囲まれて生きてきたせいで、雑音なんか興味も無かったし、誰かと話したいだなんて思わなかった。
「この子が"SCー52"です」
隣で俺の肩を掴んでいる長身で黒の巻毛の男が何か口を動かした。
しかし俺は興味を無くして横を向く。
――…巨大な艦の中の、庭みたいに植物が植えられた開放的な場所。
何で自分がここに連れてこられたのかさえ分からないけれど、敵意は感じない。
「ようこそ、"SCー52"。私はここの総指揮官、ノワールよ」
俺に手を差し出しながら、金髪の美女が微笑む…。
彼女の笑顔は、まるで…俺達のような人工物の天使ではなく、本物の天使みたいだった。
「ノワール、彼は聴力に障害を受けているというデータが…」
「…そうだったわね」
美女は照れたように笑うと、両手で俺の手を掴んでゆっくり揺らした。
彼女の口がゆっくりと、正確に言葉を紡いでいく…けれど、その時の俺にはただ"聞いているふり"をするしかなくて…。
「音の無い世界…寂しくはない?私ならきっと寂しくて泣いてしまうわ」
――…貴女の声を聴いてみたい
「強い子ね…真っ直ぐな瞳がその強さの証だわ」
他の音なんか興味無い…
「貴方を迎えると決めた時からずっと、貴方の名前を考えていたのよ」
貴女はどんな声をしている?
…きっと、とても美しい声だな
「貴方の名前は今日から"シュヴァリエ"よ。[騎士]という意味なの――…か弱き天使達を貴方の手で守ってほしいのよ」
貴女の声"だけ"を聴きたいよ…
「はい、調整終了っと♪」
俺専用の補聴器は時々、製作者であるフェーの手を借りて調整してもらわなければならない。
彼女は椅子に座ってぼんやりしている俺の耳に補聴器を取り付けた。
「できたよっ」
「…ああ、助かる」
「違うでしょ!?」
不満げな顔をしたフェーが口をつらせるので、俺は苦笑しながら答えた。
「――…ありがとう」
「うん♪」
調整が終わったのに立ち上がらない俺を不思議に思ったのか、フェーは首を傾げた。
(ノワール…俺は貴女の役に立てているだろうか?そうなら嬉しい…)
不思議そうに首を傾げる彼女をさておき、俺は勢いよく席を立った。
「仕事へ行く」
END
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