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炎天下。うだるような暑さに見舞われながら過ごした夏が終わり、風が涼しく吹き始めすごしやすくなる実りの季節。
ここは平穏しか無いような田舎町。地図で調べれば道もない山の中にポツンと名前が記されるような町。
そんな町で誰もが飽きるほど味わう様な平穏を幸せに思う高校生が一人。名を白神コウサクと言う。
「んぁー…暇だなぁ…。だがそれがいいんだよなぁー、まったくもって実感し難い幸せだぜ。」
これでも本小説の主人公なのだが。
ただコウサクが平穏が好きなのにはある理由がある。
「コウ!いいところにいた!かくまってくれ!」
学校の廊下で、秋の風を上半身に感じながらたそがれていたコウサクに向って、一人の男子生徒が走ってくる。生徒の胸元に赤い刺しゅうで、学校のエンブレムが刻まれている。それはコウサクと同じ学年、高校2年生を表す色だった。
「さてはお前、また何かやらかした うおっ!」
男子生徒は減速することなくコウサクの腕を取り、走り続けた。
引っ張られるかたちとなったコウサクは、生徒が走ってきた方向に大きな男の姿が見えた。
「よりにもよって鬼原(おにわら)かよ…」
どの学校にでもいるような、体育教師であり生徒指導部長も兼任する藤原先生だった。
通称、鬼原先生。一度捕まればその日をすべて指導により奪われる、といわれる最も関わりたくない先生だ。もちろん、こういう先生が捕獲するのは常習犯のみなので、日常を平和的に過ごしていればまず目をつけられることはない。
つまり、今追いかけられている生徒は“また”何かをしでかした奴なのだ。
「ちなみにあの筋肉は、柔道の全国大会でベスト3に入るほどのものであるが、鬼原はその重さを感じさせないほどの脚力の持ち主である。この学校の教訓の一つに、『鬼原に見つかったら諦めるか、悟りを開け』という言葉があるらしい。」
「知ってるよ、んなこと!でも今捕まれば例のイベントに行けなくなるんだよ!」
「またあの巨体から繰り出されるパンチは岩を砕くと言われ、この学校の校舎の一つに、『鬼の爪痕』と言われる穴が―」
「怖くなるからそれ以上言うな!」
コウサクの親切丁寧な解説に恐怖を掻き立てられた生徒は、思わず大声をあげる。
そして二人は走り続けた末に、コウサクたちの教室がある棟の隣、部室棟と言われる場所の二階の廊下を走っていた。現在昼休みなので、その棟に人はあまりいない。
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