序章 夢の現実

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「きりーつ」  途端、学級委員の号令で意識を元に引き戻される。 「ぉわ、っと」  皆より遅れながら椅子の音をがたがたと言わせ、慌てて立ち上がり礼をする。間を空けて先生が「一限は移動教室だから遅れないように」と注意だけ述べて出て行く。  そこで静かだったクラスは朝のざわめきを取り戻し、次の授業の準備をし始めた。 「移動教室だっけー?」 「初っ端化学で実験だよ、化学実験室行くぞー」 「実験キター!」 「どうせレポート提出になるんだよなぁ……めんどくさい」  皆がそれぞれ愚痴を零しながら、学生の本業であり使命でもある勉強のために教室移動する。俺も後ろ髪引かれる思いで、教科書とノートを持って席を立つ。  もう一度だけ。  もう一度だけ、さっきの場所を見る。 「……いない、か」  空に浮かぶ雲のように、それはいつの間にかその場にいなかった。 「何だったんだろう、さっきの」  それは果たして、先ほどの存在に向けて放った言葉なのか。それとも、自分に向けて問いかけた言葉なのか。 「っ……!」  視界が眩しい、と思えばすぐに暗くなり、繰り返し。  急な立ち眩みにふらつき、机に覆いかぶさるように倒れる。幸い自分しかおらず、皆は既に移動した後だった。  頭の奥から這い出る、夢の断片。 † 『俺は、まだ何もしてないんだ!』  どこかも分からない土地で。 『貴方に全て救えて?』  訳も分からないことに巻き込まれて、そして。  『あんたのことぐらい、私でも守れるわよ』  いつも夢に現れる、知らないはずの見たことある少女の影。 † 「ぐ、っつぅ……」  記憶に無い記憶が、俺の頭を蹂躙し尽して波打ち際の如く鈍痛と共に引いていく。遠のいていく少女の笑顔とすれ違いに見えるのは、まだ真新しい机の茶色と誰もいなくなった無音の教室。ゆっくりと足を地面に立たせ、残響する頭痛を気にしながら頭を振って、おぼつかない思考をもう一度立ち上げる。 「ったく、何だってんだよ……」  最近頻繁に見る夢の世界。その世界にいるのは此処に居てはならない者ばかり。知らないはずなのに、ふと思えば大まかに分かっている。  全く、俺の知らないところで一体何が起こっているのか。  とりあえず、今の自分がしなければいけないことは。 「やっべ、チャイム鳴った!」  遅刻しないように廊下を走ることだけだ。
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