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カイン・イトリス28歳。
弓兵部隊に就き、子供の身長程の小さめな弓に、30本程の矢を携えて戦場に立っていた。
カインの瞳に移るものは「人」ではなく、ただ「動く甲冑」。
帰る場所を失ってから、ずっとそう教わってきたのだ。
だからこそ、無慈悲に矢を放つことなど容易かった。
「イトリス殿、今日もスゲーじゃないですかい。百発百中って言葉はアンタのためにあるようなモンだ。」
「…ありがとう。」
第一陣をなんとか切り抜けた部隊の打ち上げから抜け出したカインは、短い返事を返して給水場へと向かった。
給水場とは言っても、水より酒を飲む輩ばかり。
呆れとも言い難いような、嫌な疲れにため息をつきながら、給水場でネズミのように動き回るお姉さんに水を頼んだ。
喉は乾いていないが、何かを口にいれなければ落ち着けそうになかった。
けれど、食事を取る気にもなれず、またため息をついた。
「浮かない顔だなぁ。今日も活躍したんだろ?」
不意にカインに声をかけた男。
面識はあるものの、話したのはこれが初めてだった。
というのに、この馴れ馴れしさは如何なものかとも思ったが、指摘する気力もなかったのでやめた。
「俺、アンタのファンなんだ!だって一本の矢で2人同時に仕留めたことあるんだって!?」
「あれは偶然だよ。射ったやつが倒れて、そいつの剣が前にいたやつに刺さっただけ。」
淡々と説明すると、ようやく運ばれてきた水を一口飲んだ。
見上げた先、空を鳶が鳴きながら飛ぶ。
しばらく沈黙が続き、空になったグラスを返すため、立ち上がったカインの腕を男が引いた。
「…何?」
「あんた、俺と付き合わないか?」
「悪いけど、俺そっちの気ないから。」
適当にあしらい、自分が泊まっているテントへ潜り込んだ。
幸い、一緒に泊まっている男達はいなかった。
「イーリス…会いたい…。」
28歳の男が啜り泣き出した。
昔の暮らしを不意に思い出し、ひどく寂しくなってしまったらしい。
眠れるわけもなく、気分転換のためにテントから出て最寄りの街へ向かった。
「そこのアナタ。」
怪しい占い師が声をかけた。
胡散臭いとは思いつつも、物珍しさからつい話を聞いてしまった。
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