サクラノ前夜

3/17
前へ
/17ページ
次へ
バタン、と。 いつもはそんな音が鳴る扉を、今日だけは音が鳴らないようにそっと閉めた。 見た目以上に重くて、大きな扉。 だいきらいな、扉。 閉める直前にちょっとだけためらいはしたけれど、不思議と迷いは無かった。 いつもは見たくもなかったこの扉が、今だけは少し名残惜しいような気分になる。 でも、すぐにそんな気持ちを振り切って、私はだいきらいな扉に背を向けた。 これまでの自分と決別するために。 これまでの生活と離別するために。 季節的には春だけど、さすがに夜はまだかなり気温が低いようで、外気もとても冷たい。 お気に入りのコートを着ていても、身体の芯まで冷やされていくような感じがする。 はぁっ、と。 吐いた息が白い煙のようになって、そして──消えた。 「痛っ……」 コートの下に隠した傷を、冷たい空気が針で刺すように刺激する。 どこの傷かなんて、そんなのは分からない。 でも、この傷とも、この痛みとも、今日でさよならだ。 さよなら──出来るんだ。 「……よし、行こう」 自分自身に言い聞かせるように呟いて、私は──。 高梨百々(タカナシモモ)は、暗闇の中へと一人走り出した。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加