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バタン、と。
いつもはそんな音が鳴る扉を、今日だけは音が鳴らないようにそっと閉めた。
見た目以上に重くて、大きな扉。
だいきらいな、扉。
閉める直前にちょっとだけためらいはしたけれど、不思議と迷いは無かった。
いつもは見たくもなかったこの扉が、今だけは少し名残惜しいような気分になる。
でも、すぐにそんな気持ちを振り切って、私はだいきらいな扉に背を向けた。
これまでの自分と決別するために。
これまでの生活と離別するために。
季節的には春だけど、さすがに夜はまだかなり気温が低いようで、外気もとても冷たい。
お気に入りのコートを着ていても、身体の芯まで冷やされていくような感じがする。
はぁっ、と。
吐いた息が白い煙のようになって、そして──消えた。
「痛っ……」
コートの下に隠した傷を、冷たい空気が針で刺すように刺激する。
どこの傷かなんて、そんなのは分からない。
でも、この傷とも、この痛みとも、今日でさよならだ。
さよなら──出来るんだ。
「……よし、行こう」
自分自身に言い聞かせるように呟いて、私は──。
高梨百々(タカナシモモ)は、暗闇の中へと一人走り出した。
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