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――おじさんはね、他の誰でもない君に答えるために、わざわざここに来たんだ。だって君、あんなに本気だって、いつも言っていたじゃない。毎日がつまらない。自分は不幸で、もうどうにかしてほしいって、暇をみては念じていたじゃない。疲れたって。楽にしてほしいってさ。ここでまた誤魔化して、紛らわしたって駄目駄目、また元通りになっちゃうだけだよ。ね、大丈夫だよ。こう見えてもおじさん、プロだもの。おじさんも一緒に頑張るから。ね?
半月型に裂けた口から赤い歯ぐきと、尖った糸切り歯が覗いている。カーブを描いていよいよ吹き付ける鎌風(かまかぜ)が渦を巻き、男の黒いコートを膨らませた。長くたなびく袖(そで)や裾(すそ)が夜と同化すると、電柱から下がった防犯灯が頼りなく軋み始めた。
明かりが消えかけては点き、点いては揺れている。アスファルトに映った光の輪も何度かぼやけ、縮んだかと思うとぶり返して広がる。そのたびに、輪の中にある二人の影が濃くなり、輪郭が歪んで消えかける。
ライターが落ちた。
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