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――もし、ぼっちゃん。
暑くも寒くもないある日の夜更け、宵っ張りのA少年を、どこかの誰かが呼びとめた。
変わり映えのない毎日の繰り返しに嫌気がさしたAが、今夜とうとうゴミ捨て場にしゃがんで、ライターをこすり始めた矢先の事だ。以前通っていた習字塾のそばにあるゴミ捨て場は、大人の胸の高さ程ある塀がコの字型に覆っている。脇に一本立った電柱の上の防犯灯が、放置された雑誌の一束にライトをあてている。ここなら他に火が燃え移る心配もない。第一、決まりを守らないで捨てていく奴だって悪いんだ。Aは怒ったように独り言を吐くと、震える指先で火を着けた。その途端呼び止められた。
慌ててふり返った彼の斜め後ろ、狭い一本道を突き当たって折れた角の影で、何かが動いている。
Aは左手にライターを握って隠し、さりげなく体裁をとりつくろおうとする。
――こんな時間に何してるの?
か細く人の良さそうな、男の声が問いかける。口ごもったAが答えを返す前に、細い影が暗がりから「つつつ」と寄って来た。
――ね、君。まさかと思うけど、つまらない真似だったら、いけないよ。
防犯灯の明かりが弱まったあたりに、男が一人立っている。
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