踊るともしび

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 近くでよく見ると、Aは声の主の貧相な姿にあらためて気付いた。まず背が低い。おまけに髪も薄く、地肌にぺたりと撫でつけてある。季節はずれのビジネスコートは随分だぶついているので、厚みに乏しい体つきなのがわかる。ブラックの布地は、仕立てがいいのかどうか夜目にも判別しにくいものだが、袖(そで)も裾(すそ)も丈が余っている。青みがかった照明が肌の白さを浮き立たせ、頬骨が張り出した顔の真ん中には鉤鼻(かぎばな)がよく目立つ。男はちょうど祈りを捧げる要領で両手を握り、まなじりに皺(しわ)を作って微笑みかけている。  突然の制止に一旦は縮み上がったAだが、いかにもうさん臭い小男を前にして、かえって冷静さを取り戻した。このおやじがたとえ変質者だって、突き飛ばしたら勝てそうだ。Aは早速大人の値踏みをすませると、腕を組んでそっぽを向いた。どこかの飼い犬が吠えている。  ――あら。そんな態度で誤魔化して。いいかい、おじさんだって嫌なことはある。でも毎日頑張ってるの。だから、君も頑張ろう。無茶したらおしまいだよ。  男の台詞が終わるのを待たずにAは怒鳴った。近場の住民が目を覚ます気配ならまるでない。だから彼は「おじさんに関係ねえだろ」と威嚇(いかく)して睨み、ありったけの憎しみをぶつけた。男はひるむでもなく一層目を細め、骨ばった首を傾げる。
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