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「……お見合いは来週の日曜日のお昼からよ。
あんたそれまでにそのぼさぼさの髪を何とかして来なさいよ」
搾り出した低く不機嫌な声に眉を潜め、首だけ起こし顔を上げた。
母の表情は口元に痙攣するような動きと強張りを見せている。
「え?先方様は嫌がってるじゃない」
「先方様のご両親は嫌がってなんてないわ。
嫌だって主張してるのは、ご子息だけよ」
眩暈がしそうだ。
――既に分かっていたことなのだ。
こんな大人気ないことをする程度に相手が嫌だ、と言っていることは……。
香澄は両腕で跳ねるように上体を浮き上がらせ、声を荒げて不満を訴える。
「ちょっと、それって問題でしょ!!おかしいよ!!
結婚するのは親じゃなくって、私なのよ!?
何で本人たちの意思は無視なの?」
「お黙りなさい!
決まったことなのよ」
母はそう叫ぶと、テーブルに置いていた携帯を片手に肩を怒らせリビングを出る。
その後姿からでも、彼女が怒っていることは明白だった。きっと先方のご両親とやらに連絡を取るつもりなのだろう。
それでもきっとこの話は「なかったこと」にはならないのだ。
理由は定かではないが、そんな予感はする。
(こんなに相手は嫌がっているのに、どうして結婚を前提に話を進められなきゃなんないのよぉ……)
勿論自分だって、こんな常識はずれな人間と結婚なんて冗談じゃない。
「……信じられない」
一度こうと決めたら。
母はてこでも動かない。
それを嫌になるくらいに思い知っている娘は、身体を再びソファーに沈めながら天井に向かって嘆息した。
が、その溜息の地面にめり込んだ重苦しい音が聞こえた気がしたのだった。
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