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ビルが立ち並ぶオフィス街。
会社の自社ビルのお陰でか、屋上は社員たちに解放されていた。
社長の趣味なのか、決して広くはないそこには、家庭菜園のような小さな畑があり、グリーンカーテンを意識してなのか最近植えられたゴーヤのために、巻きつくための紐が用意されていた。
季節はまだ初夏、で暑いとは言えなかったが、あまり利用する社員は多くない。
しかし、元来青空を眺めるのが好きな香澄にとっては、そこは憩いの場であった。
日陰を求め、コンクリートにレジャーシートを広げると、そこに親友の葉子と一緒に昼食を取るのが彼女に日課だった。
「全く!信じられないんだけどっ」
長い黒髪をかき上げながら、香澄は箸を片手に唾を飛ばす。
故意的に飛ばしていないことが分かりながらも、葉子は自分の持ってきたサンドイッチを庇うように身を引いた。
時は翌月曜日。
会社に出社した瞬間から、香澄の様子はいつもと違っていた。
いつもはのほほんとした空気を醸し出しているというのに、今日はどこか切羽詰った顔をしていたのだ。
昼休みにでもそれを問い詰めようと思っていた葉子だったが、その必要性が全くなかった。
どこか幼さが抜けない容姿の香澄と比べ、葉子は美人と評されるくらいに大人びている。
そして、性格もクールでドライよりだった。
「それはそれは、また突然よね。
でも香澄、人生、諦めも肝心よ?
あんた、この話が浮上してこなければ、結婚するつもりなんてなかったでしょう」
サンドイッチを持つ左手にはキラキラと光る石がついた指輪がはめられている。
彼女は来月結婚を控えていた。
ジューンブライド、というヤツだ。
短大時代からの付き合いで、高嶺の花と呼ばれた彼女を射止めたのは、周囲が「え……、何でこいつが?」と揃って首を傾げるくらいの垢抜けない男だった。
垢抜けないどころか、オタク気質なのだ。誰がどう見ても。
どう見ても外見は釣り合わない。
しかし、プライドの高かった葉子から結婚してほしいとプロポーズを迫ってしまうほど、彼女は未来の旦那様にぞっこんなのだ。
人生、何があるか分からない。
嬉しそうに彼氏を紹介する親友の、今までみたことがないくらいの幸せそうな顔を眺めながら、香澄はマジマジと世の中の不思議を見た思いがしたものだった。
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