Prologue

5/8
前へ
/22ページ
次へ
「下手に私の言葉の端を捕らえるぐらいなら、少し何もしないで脳を休ませてやればどうかな」 「誤魔化さないでください。俺はいったいどうなっているんですか」 「それは今から説明する。少し落ち着いた方が良い」  前屈みになっていた体勢を、その言葉でまた椅子に腰を落ち着けた。とは言っても、心中が穏やかなのかと言うとそんな筈が無い。 「では手っ取り早く君の知っている言葉で示してあげよう。君は記憶喪失になっている」 「記憶喪失…………?」 「そう。医学的に言うなれば、健忘──外傷性の逆行性全健忘、全生活史健忘といった具合だ。それを一般的に記憶喪失と言うのだよ。ただ、喪失と言うよりは、封印とでも言った方が正しい状況を表しているのかもしれないけれどね」  そう言ってカルテにまたボールペンを走らせた。今度は黒でも赤でも無く、青。  そうやってボールペンを目で追っている内に、ふと疑問が沸き上がってきた。それは、普通に考えれば浮かばない疑問。しかしそれは、俺の頭の中でムクムクと巨大になっていく。 「どうした? そんなにボールペンをマジマジと見て。ボールペンなんて珍しくも何とも無いだろう」 「いや、ボールペンは分かるんですけど、そうじゃ無くて」  うん? と医者は首を傾げた。そして自分のボールペンを見詰める。 「青って、そんな色だったんだなぁ、と」
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加