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「こっちこっち!」
どっちどっち?
そういいながら、音を頼りに壁のほうに目を向ける。
「こんちわ! 安達君。ここで話せるみたいだね!」
吉川さんの声が、どうやらお隣の号室のベランダから聞こえる。
なるほど!
ベランダに出ればいいのか!
案外近くにいるんだなと、改めて実感した。
お隣さん付き合いって結構楽しいな。主婦ってのもなかなか悪くないかも。
俺はそのまま、手を動かしたまま、彼女に話しかけた。
「おはよー! まさかこんなとこで会うとは思わなかったよ!」
うん。なんだ、朝から嬉しいじゃないか。
思わず顔の筋肉が緩んだ。
う…なぜにやける俺っ。ボールを叩きつける音が心なしか強くなった。
「おはようって、安達君もうお昼だよ?」
吉川さんが楽しそうに笑う声が聞こえる。
しかし顔が壁で見えないのが実に悔しい。
「そういう吉川さんはいつも何時に起きるの?」
「私? 私は安達君と違って早起きだよ~!」
うん、寝起きの俺と違って、声が元気だ!
朝早いに違いない!
「今日お兄ちゃんと会うからね。ちょっと眠れなくって……」
困惑気味の小さな声で、そう言った。
思わず手を止めた。
響いていた音が消えたため、吉川さんから「ん?」という戸惑いの声が聞こえる。
練習は午後から…今ならまだゆっくり話せるじゃないか?
「吉川さん、今日早めに行こうよ!」
「え? それって私のため? いいよっ! 帰りにちょこっと挨拶しに行けば十分だから!」
挨拶だけ。
それで、いいのかな。
兄妹が久しぶりに会うのに。
だめだ、監督だって、ずっと話をしたいと思ってたに違いないのに。
「話しなよ。9年分とはいわないけど、自分の、今の気持ちくらいは……さ」
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