野球少女

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肩慣らしのキャッチボールが終わったところで、俺はマウンドに上がった。 とは言っても、これはいわゆるバッティングピッチャーというもので、打者の練習のために、ストライクゾーンの特に真ん中あたりへ、打ちやすい球を投げるだけである。 右バッターボックスで、バットが高々くあげられた。 軽く投げたと同時に、快音がグラウンドに鳴り響く。 「安達! 今日なかなかストレート走ってんぞ!」 「サンキュー! もいっちょ!!」 打球の方向を目で追って確認してはどんどん投げる。 今このバッターボックスに立っている男。彼は本当によく飛ばす。 我が校の野球部が使用するグラウンドは、ボックスから最も遠いフェンスはおおよそ80mはある。 しかし、彼はよくその距離をものともせず、グラウンドの外側まで飛ばした。 「誉めたそばからHR性の当たり!」 「悪い悪い! たまたまだよ」 三神俊哉は、うちの4番打者である。 誰もが認める最強の4番バッター、なんて言ったところで、絶対に伝わらない。 だから俺は彼の話をするとき用に、彼に柵越えを連発される血と汗と涙の毎日を、メモしておくことにしている。 驚きの180cm近い体格から、振りぬかれるバットは恐怖そのもの。 なんというか、振り抜くスピードが高校2年生のそれではない。 たまに、ごくたまに空振りなんか取ると、空気を切り裂く音が18mも離れたマウンドにも聞こえるのだ。 もしピッチャー返しされたら……怖いったらありゃしない。 しかも聞けば、女子人気はもちろん学業成績もトップクラスで先生からの評判も上々。 すっきりとした顔立ちも相まって、さらに彼の魅力を引き立てるとか。 もはやエースと4番に明確な差がありすぎる、悲劇だった。 三神が納得するころの、約20球ほど投げたところで、監督の声が響く。 「はい集合! 練習道具はあと!」 ふう、と三神が満足そうお礼を言い、俺も苦笑で応えた。 俺たちは大まかな明日の予定を聞き、部活を終えた。 顔を洗う部員たちは、いつもより疲れているようだったが、そこには確かな充実感も見えた。 きっと、新入生にいいかっこしようと意気込みすぎた結果だろう。 今年は、我が砂山東高校男子野球部創立2周年だ。 張り切らない理由がない。 今日もお疲れ! とみんなでねぎらい合い、俺たちは珍しくどこに寄り道するわけでもなく、あの鮮やかな桜のトンネルを通って、家に帰るのだった。
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