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序章
「ねぇ拓ちゃん……どこ?」
夜の華やかな金曜日の渋谷。道玄坂通りには、一組の男女を取り囲む様に、人だかりが出来ていた。その男女を、街灯がまるで舞台を照らすスポットライトの様に照らしていた。
女の方は、まるで赤い絨毯を敷いたかのように、赤く染まった歩道に、仰向けで寝ている。男は、嗚咽交じりの声にならない声を上げて、女の太腿を必死に手で押さえている。男が手で押さえている部分からは、容赦なく命の雫が流れ出している。
男は、女の呼びかけを聞くと、涙と鼻水でグシャグシャの顔面を彼女の顔に向けた。そして、嗚咽交じりの弱弱しい声で答えた。
「ここに……ここにいるじゃないか」
女は、男の声を聞くと、声のする方に目を動かしながら言った。
「どこ?何かとても暗くて……それに何だか……とても寒い……」
男は何か狂った様に、太腿を押さえていた手を振り上げると、その手を、歩道の硬いアスファルトの上に振り下ろした。
ドゴッ!!という鈍い音が響いた後で、
「何言ってんだ!暑いくらいじゃないか!しっかりしてくれよ!」
そう嗚咽交じりに怒鳴った。そして女を覆いかぶさるように抱きしめた。
「拓ちゃん……暖かい……」
その女の声を男は聞くと、悲鳴に近い大きな叫び声で
「香織!香織ぃ~!!」
そう叫んだ。
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