1人が本棚に入れています
本棚に追加
フリーターの拓海にとってはありがたい事だったが、この春、高校を卒業した昼勤のアルバイトが、夜勤に移動することになり、明日からは18時~2時という、やや変則的なシフトに変更されることになった。
拓海は、このコンビニから、徒歩10分位の所に住んでいるので、終電の終わった後に勤務が終わるという変則的なこのシフトに不満はなかったし、何よりしばらく休みの日にしか飲めなかったお酒を、気兼ねなく飲めるようになると言うのも、嬉しかった。
ただ、いつもは一日二回、顔を合わせていた彼女と、一日一回しか会えなくなるのは、すこし寂しい気もしていた。
だからだろうか、拓海は今日は会計後、いつも「ありがとう」と言ってくれる彼女に、一言、声を掛けようと決めていた。
まあ、拓海のいる方のレジに彼女が並べばの話だが……。
彼女は、いつも通りに、紅茶花伝のロイヤルミルクティーと、カロリーメイトのフルーツ味をかごに入れると、他に数点の商品をカゴにいれ、真っ直ぐにレジへと歩いてきた。
どうやら彼女は、拓海のいるレジに並んだようだった。
拓海は、いつもより急いで他のお客さんの会計を済ませ、視線を彼女に送った。
「次にお待ちの、お客様どうぞ」
いつもと変わらない文句で彼女を呼んだ。
いつもと変わらない様子で会計を済ますと彼女は、いつもと変わらず無表情に
「ありがとう」
そういった。
拓海は、ゴクッと彼女に聞こえるんじゃないかと思える位の音を立てて、唾を飲み込んでから、やや緊張気味に彼女にいった。
「ありがとうございました!'いってらっしゃい'」
少し緊張気味に微笑みながら、拓海はそう言うと、一瞬、彼女の目を見るのが怖くなり、視線を少し逸らしてから、勇気を出して彼女の顔に視線を戻した。
そこには、いつも通り無表情な彼女が立っていた。
やっぱり変だったかな……そんな風に拓海は、一瞬思った。
1秒だろうか2秒位だろうか、そんな時間が今は5分位経ったのではないかと思わせる位に、長く感じられた。
フッともう一度彼女の顔に目をやると、彼女の無表情な顔の表情筋が、目元だけ微かに緩んだように見えた。勘違いだろうか?そうだとしてもおかしくない位の、本当に微妙な目元の変化だった。
拓海が、そんな事を考えていると、彼女は何事も無かったかの様にレジを後にした。
最初のコメントを投稿しよう!