序章

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 桜がお客さんを出迎えると、お客さんは上機嫌で部屋に入って来た。そして上機嫌で店を去って行った。お客さんとは、何時でも現金なものだ。 桜は仕事を終えて、店を出るとコマ劇場前の広場を通って、映画館を左に進んだ。少し歩くと、目的の場所が見えて来た。 西武新宿線新宿駅近くの、この通りには雑居ビルが立ち並び、様々な店が軒を連ねている。 最近の、風営法の改正で規制が厳しくなったせいなのか、少し前まではこの時間でも沢山営業していた風俗店も閉まっていて、一昔前を知っている人にすれば、少し寂しげな様相を呈している。 桜の働いている店も、本来は風営法の定める営業時間を超えて営業しているので、立派な風営法違反なのだが、桜の店の実質のオーナー社長である岡崎は、新宿警察署の生活安全課やその更に上層部と懇意にしているらしく何故か摘発されたりすることもない。 桜は一軒の雑居ビルの前で立ち止まると、最近お気に入りでよく持ち歩いている、かごバッグから、分厚い茶封筒を取り出し、雑居ビルに入っていった。上には'スナック 純'と書かれた看板が、明かりを点けていた。 桜は雑居ビルのエレベーターに乗り2階に上がった。エレベーターが開くとそこには、高級そうなソファーが置かれた6人ほどが座れるボックス席が3席と、綺麗に漆を塗って作られた木で出来たカウンター席で構成された、とても落ち着いた雰囲気の店内が目に入った。照明も丁度良い暗さで、店内を赤茶色に、照らしている。 今は、お客さんは誰もいない様だった。 桜が、エレベーターから一歩店内に足を踏み入れると、小さいながら上品な雰囲気の店内のカウンターの奥から桜に声が掛かった。 「いらっしゃい'ユカちゃん'」 そう言って顔を出したのがスナック純の、オーナーママである定家純(サダイエ ジュン)だ。30歳とは思えない綺麗な白い肌をもった美人である。シャネルの黒い短くてタイトなワンピースに、同じくシャネルの黒いナポレオンカーデを羽織って、黒く良く手入れされた長い髪を、後ろで一纏めにしている。 その姿は、まるでハリウッドのセレブのワンショットの様だと優香は思った。 永田優香(ナガタ ユカ)というのが、桜の本名だ。今年26歳になる。
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