序章

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 純は一度、カウンターの奥に行くと、ワインのボトルとワイングラスを持って戻って来た。 純と優香は、普段から仲が良く、優香も仕事終わりに純の店に飲みに来る事もあれば、休みの日に純と買い物に行くこともある。優香にとって純は、優しくて信頼の置ける大人のお姉さんといったところだった。 一方、純も優香の事を、妹の様に可愛がっていた。 「常連さんがね、このボトル開けた瞬間に携帯に電話が掛かってきて、急用が出来たからって言って帰っちゃってね……良いワインだから優香ちゃんと一緒に飲もうと思ってとっておいたのよ」 そう言って純は、ボトルとグラスをカウンターに置いた。ラベルには'ロマネ・コンティ2004'と書かれていた。優香がビックリした顔で純の顔を見ると、純はニッコリ笑ってから言った。 「大丈夫!お会計はもう済んでるから……それに今日は、私が誘ったんだからセットもいらないから」 純はそう言ったが、いつも優香が飲みに来ると、優香がどんなに言っても純は優香から、ボトル代、しかもほぼ原価の代金しか受け取ってはくれない。 ただ、優香がそれを嫌がらないのは、それが、優香への同情などの理由ではなく、純が本当に身内として考えているお客さんには誰でも格安で飲ましている事を知っているからだ。 「こんなに高いお酒、飲んでも無いのに払うなんて良いお客さんですね」 優香が無表情にそう言うと、純はグラスにワインを注ぎながら答えた。 「開ける前だったら私もお金取らないけどね。開けちゃったら取るしかないのよ……それに、そのお客さん、警察の公安のお偉方なのよ……こんな高いお酒でも情報元との交際費って名目で領収書が無くても経費で落ちちゃうのよ!良い仕事よね……」 純はこういう情報を決して他の人に、漏らすことは普段はない。それが水商売のルールだし、そういう信用が有るからこそ、そのような常連が着く訳だが、優香にはそういう話しをするのは、それだけ優香を信用しているということだった。
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