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「先日連絡を入れていた者ですが…。」
「…ああ、君がか。」
親にバイト先を告げると怪訝な顔をされた。たしかに俺だって自分の子供がバーテンダーになるだなんて急に言い出したらそんな顔になるかもしれない。だが餓鬼の頃面倒を見てもらった兄貴的存在が勤めるそのバーはひどく魅力的に見えた。
雰囲気を出すためなのかはわからないが、店に入るための木造の扉に組み込まれたステンドグラスは少し曇っていた。中に入れば準備中なため、当然客は一人も居ない。カウンターの向こうでは食事制限をしているのではないかと心配になる程痩せたおっさんがグラスを拭いていた。開けた時に控え目に鳴るベルの音を聞き取ったそのおっさんは静かに俺を見据えた。要件を話せばしばし沈黙。俺の足元から頭の毛の先までじっくりと見つめた末、おっさんは視線でカウンター席に着くよう向けた。
「失礼…します。」
身長が低い訳じゃない俺でも少し高いと感じた椅子に腰を掛けると身体が沈んだ。
「この椅子、座り心地良かったんですね。」
「ん?」
「や、いや…なんでもないです。」
「…君、ここに来たことがあるの?」
「飲みに来たことはないですけど、連れられて来たことがありま――」
「おっ、バイトの面接今日だったのか!」
「あ、暁兄さん!」
感じたことを素直に呟いた言葉をおっさんに拾われ、しどろもどろに応えていると先程俺が入ってきた扉が勢いよく開いて、餓鬼の頃面倒を見てもらっていたという暁兄さんが入ってきた。控え目な音を鳴らすベルだと思っていたそれは、今では耳を劈くような音をこの部屋に響かせている。
「こら暁人、その扉も年なんだからもっと労って開けろ。」
「また忘れてたやごめん和貴さん。」
「名前で呼ぶなって何度言ったら覚えるんだお前は全く。」
「もういいじゃないですか和貴さんで。」
「お前の場合は営業中も名前で呼ぶから駄目なんだ。」
「気をつけるって。それよりさ、どう?俺の弟。」
「お前に兄弟が居たなんて初耳だが?」
「嫌だなー、弟みたいな存在ってことですよ!」
俺の話をしているはずなのにひどく孤独を感じた。結局和貴さん?と暁兄さんのやり取りは10分も続いた。挙句の果て、暁人の連れなら大丈夫だろうと面接もなしに俺はすんなりとここで働くことになったのだ。
(つか暁兄さんどんだけ信頼得てんだよ…)
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