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 向こうから黒が近づいてくる。 ……ジャリ……ジャリ……  時雨は窓の下に引っ込んで外の音と窓の向こうの景色に集中した。  先程までの快晴が嘘の様に灰色の雲が一面に広がっている。  消えた主人を待つ時計の音が耳に響いてうるさい。  今ならホラー映画の主人公の気持ちがよくわかる。  とりあえず、怖い。  そんな感情が心を満たす。  このまま、雨が降って雷が鳴ったらシチュエーションは完璧だ。 ……ジャリ……ジャリ……  足音が確実に近づいてくるのを感じ鼓動が早くなる。  時計の秒針が刻む音がひどくゆっくりに感じる。  時雨の鼓動と秒針が刻む音の体感速度が見事に反比例している。 ……ジャリ……  とうとう、すぐ隣まで来た。  羽(たぶん)の中折れしている部分の先端が見える。  どうやら、羽をたたんでいるようだ。  時雨は荒くなる呼吸を整える事で精一杯だ。 ………………  黒はそこで止まった。  時雨の鼓動が聞こえるのではないかと思うくらい強く脈うっている。  時雨の感覚では時計の秒針が刻む速度は五秒に一回ぐらいになっている。  一回刻む間に四回は脈打っている。 …ジャリ…ジャリ…  黒は移動を再会した。  時雨は窓越しにそれを見届けた。  安心しても上がりきった心拍数はそう簡単には下がらない。  おそらく、自己ベストの心拍数を記録しただろう。  下手なホラー映画とは比べものにならないスリルが過ぎ去った。 ――ふう……よかった……  時雨は崩れ落ちる様に床に手を置いた。 ――流石に帰るぞ……こんな場所に長居は無用すぎる。  安心して後ろを振り向いた時雨は驚愕した。  黒い肌、黒い羽、ボロボロの全身、長い腕……  先程の黒と比べると少し小さいが、まぎれもなくそこには黒がいた。 「ぎゃぁぁぁぁ!」  時雨は思いっきり叫び声を上げた。 ……ダンッ……  黒の手(たぶん)が時雨の首を持った。  生ぬるい手が体に触れる。  いっそのこと冷たい方が楽だろう。  生ぬるい手の気持ち悪さと言ったらありえない。 「ぐっ……かっ……ぁ……ぁ」  生きたいという意思と反して、時雨の意識が遠のいていく。 ――まだ…まだこんな所で死にたくねえよ……  時雨は最後の抵抗をしようと蹴りを繰り出した。 ……ペシッ……  蹴りは当たったが意識を失う途中……ろくな力は入らなかった。 ―くそ……う  時雨は意識を失った。
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