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「んだってすか」 と、女の人はお巡りさんを見た。 そして、二人は変な顔して時雨を見た。 「何かいけない事でもその村にあるんですか?」  時雨は不安そうに聞いた。 「そんなごどもねんだっとも…」  お巡りさんは急に自信の無さそうな口ぶりになって、 「あそごいら辺はよく神隠しにあうで噂されとるのじゃ。だがら今ではほどんど皆近よらなぐなっでな……。  まぁ、俺の管轄でねがらよぐわがらねんだとも……。  そう言えば、千となんたらの神隠しもあそごが舞台らしいど」  私はなるほどと頷いた。  確かに、こんな田舎ならそんな噂の一つや二つは有るだろう。  もっとも、後半の部分は相当怪しいものが有るが……。  ともかく、そんな場所に向かう時雨はよっぽどの変人に思われているのだろう。 「でも……帰ろうかな? せっかく来たけどまずい場所みたいだし……」  時雨は足元の荷物を見ながら疲労を露にして言った。  すると、お巡りさんがのんきな事を言った。 「帰るっていっても、もう夕方の電車しかねえぞ。  どうだべ、まだ昼間だおのいぐだげでも行ってみたらば。  探検のようだ感じでな」  時雨は、それもそうだと思った。  いつも忙しがってばかりいて、時雨が休みに何処へ行くかなんて気にもかけない父が、どういう訳か 「毎年、静岡に行ってばかりではつまらないだろう、 たまには神隠し村へ行け!!」 と,力強くすすめてくれた。  それに、やっとここまで辿り着いたのだから、このまま帰るのは勿体無い。  行くだけでも、行ってみよう。 「それじゃ、行ってきます」  時雨は思い切って言った。  よっこらせと荷物を持ち上げる。  お巡りさんは、 「んだらば、この山を登って行けば着くだの」 と元気に言った。 「ありがとうございます」  そう言うと、時雨は交番を出た。  お巡りさんと女の人が一緒に出てくる。  出て見ると太陽の光を改めて感じる。  愛用の麦藁帽子を持ってきて良かったと心から思った。  お巡りさんはそのまま、交番の左手にまわる。  時雨は黙ってそれに従った。  しかし、そこに裏道の様な物は見受けられない。 「こごを登るだの」  お巡りさんは傍らの森を指した。 ――そこに有るのは道ではありません、森です。  お巡りさんは大きく手を振ってくれている。  時雨は大きくため息を吐くとしっかりとかばんを持ち直し獣道と化した緩い坂を登って行った……
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