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「ちっきしょう!とんでもない道を教えやがって……」
蝉がしきりに鳴いている。
草の青臭い臭いが、鼻についた。
登るに連れて、両脇の草がはびこって、道が段々狭くなってくるし、石ころで歩きにくい。
周りに木があるのだから涼しいはずなのに、風はちっとも吹かないで、木々が暑苦しくさえ思える。
セミのコーラスは灼熱のメヌエットだ。
時雨の歩みが、次第にゆっくりになってきた。
その代わりに、息がはずんでくる。
いつの間にか、傾斜が急になってきたようだ。
――山登りに来たんじゃ無いのに、本当にひどい所だ……それに、なんて重いかばん……せめて日が射さない事が救いか……。
助けを求める様に上を見上げた時雨は、はっとした。
麦藁帽子を落としたらしい。
――ついさっきまではあったのに……
振り向くと、道の少し下の方に麦藁帽子が見える。
―よかった。
時雨はそこまで戻ると、かばんを投げ出して座った。
「もう、無理だ~!!」
帽子を使って自らの命に風を送る。
汗が首筋をはうのがわかる。
ハンカチを出して汗をふいた。
疲労をそのまま形にしたため息を吐き帽子を被る。
――まだ登るのか…
そう思い時雨が山道を見上げると、すぐ脇の杉の木に何か打ち付けてある。
目を細めると
【神隠し村】
雨ざらしにあった板に、そう書いてあった。
時雨は杉の間を覗きこんでみた。
いくら覗きこんでも、うっそうとした木立が、しいんと静まりかえって続いているだけだ。
もっとも、いい加減聞き慣れたメヌエットは響き続けているが……
――帰ろうかな……
俺は何もこんな所へ来たかった訳じゃ無い。
あの人が無理によこしたんだしな……
時雨はどうしようか迷いながらゆっくりと立ち上がった。
突然、強い風が吹いた。
森が一斉に唸り声をあげる。
時雨は思わず目を腕で庇うが、あまりの風に麦藁帽子が飛ばされた。
普通、スローになるはずのシーンは一瞬で過ぎ去る。
時雨は捕まえようとしたが、帽子は二本のヒマラヤ杉の間に隠れてしまった。
「どんだけ~!!」
時雨は慌てて、かばんを掴むとヒマラヤ杉の間に飛び込んだ。
そして、草を掻き分け杉林の中に進んで行った……。
しばらくして立て札が歪み始めた。
端から少しずつ正方形のまま、ねじれる様に変化していく。
気がつくと文字は
【螺旋山】
となっていた。
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