旅立ちは突然に

3/9
前へ
/22ページ
次へ
 ずっと前に父さんから聞いた話によると、 彼の少年時代に住んでいたアパートの隣の部屋に 変な住人がいたんだって。  近くに住んでいるのにめったに顔を合わさない、 会った時に挨拶をしても会釈もせずに 家の中に入っていっちゃうような女性。  当時の父さんはわんぱくで好奇心が旺盛な小学生で、 「いつか正体を暴いてやるんだ~」って意気込んでいたとか。  ある日、彼が学校から帰ってくると その人の部屋の扉が少し開いていて……。  無邪気な少年は誘惑に誘われ、さも興味の対象物にしてください とでも言わんばかりに怪しいその人の家の中を覗いた。  すると彼の目に映ったのは彼女が見たことがない女の子と 猫じゃらしで遊んでいるという異様で奇妙なな光景。  驚いた幼き日の父はその日の夜、彼の両親にその話をした。  当然のことながら最初はその話に 2人とも信じてくれなかった。  今でこそ虐待が云々って叫ばれるようになったけど、 その当時に女の子が猫のように扱われているなんて話をしたって 信じられないもんね。 「嘘をつくんじゃない」とか「そんな子に育てた覚えはない」 って怒鳴られて、それでも必死に訴えてくる彼らの息子。  さすがにここまで食い下がってくると尋常じゃないと思って、 次の日にお祖父ちゃんが不承ながらも様子を見に行く約束をした。  ・・・この約束がなかったら、私は今ここにいなかっただろうね。  翌日少女は彼に保護されて施設に引き取られ、 その後も何かと父さんがちょくちょくと会いに行き ・・・今に至る。  彼女の口癖はその頃の胸に抱いていた 「いつか母さんが使っているような言葉を私も使ってみたい」 という願いが、今になってこんな形になったみたい。  え?母さんの口癖の原因はわかったから、 その途中で出てきた私の母方のお祖母さんは その後どうなったのかですって? う~ん・・・その現場にいた母さんが言うには、 お祖父ちゃんが踏み込んだ時に彼女を残して 窓から脱出したんだって。 それっきりお祖母さんを見た人は、 少なくとも私が知っている人達の中にはいないんだ。 生きてたら・・・少なくとも55歳は過ぎていると思う。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加