8.相馬司

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ようやく対向車の流れが途絶えた。 よく見ると、右折専用の矢印信号が点灯していた。 予め切っていたらしいハンドルは一切回転させることなく、読みきられた優雅な弧を描いて右折を終えた。 後部座席の里子からは、助手席の悠一の表情は窺い知れない。 シートにドップリもたれ、組まれた長い足。 正面を向いているが、視線の先はどこなのか。 ただ、里子と水野の会話には、一切口を挟む気配がなかった。 「私はさ、水野さん。黒川くんが神様に選ばれた人間だとしても、黒川くんは、更に自分の意思でちゃんと選び返せる人だってことを、よく知ってるのよ」 「俺なんざたった二度三度の接触で身に染みたクチだからな」 「相馬司さんとの一件で、私、泣きながら黒川くんを責めたんだけど……」 悠一の体が、一瞬反応したように思えた。 悪夢が蘇ったのだろうか。 吹き出しそうになったが、里子は続けた。 「私はその事を今、もの凄く後悔してる」 「後悔? 俺もその話は橘から漏れ聞いたが、まあ正当の範囲内だと思うがなぁ」 「いや、大失敗よ。三笠里子人生最大のミス。取り消したいくらい」 出来ることならば、あの日に戻りたい。 相馬司と対峙したあの日に。 そしたら私は。 「さっき陽天で出会った少年達と話して、気付いたの。正しいと思って行ってる人の目には、迷いがないし自信がみなぎってる。少年がやった事と、黒川くんがやった事は、その時の目的に違いはあったけど、基本は同じ想いに基づいてた」 「つまり、相馬司を救いたい?」 「うん。そうだと思う。……でも、決定的に違った点があるのよね……」 「それは?」 里子は目を閉じた。 あの時の自分から目を反らすように。 加えてひとつ、深い溜め息。 あの時の自分に吹き掛けるように。 それからゆっくり目を開けた。 「神様に選ばれた人間の傍に、それぞれ付き添ってた人物。この人達の行動は、全く対照的だった」 「……」 水野は『無言』で理解を示した。 やっぱりこの人は賢い。 賢い人との会話はテンポが心地好い。 なにも『言葉』だけが会話を成り立たせる要素じゃない。 『沈黙』こそが、最も多くを物語る場合だってある。 「眼鏡少年くんは、キラキラ少年くんを助けた。ああやって罵倒出来るのは、やるべき事をちゃんとやったからよ」  
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