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ようやく対向車の流れが途絶えた。
よく見ると、右折専用の矢印信号が点灯していた。
予め切っていたらしいハンドルは一切回転させることなく、読みきられた優雅な弧を描いて右折を終えた。
後部座席の里子からは、助手席の悠一の表情は窺い知れない。
シートにドップリもたれ、組まれた長い足。
正面を向いているが、視線の先はどこなのか。
ただ、里子と水野の会話には、一切口を挟む気配がなかった。
「私はさ、水野さん。黒川くんが神様に選ばれた人間だとしても、黒川くんは、更に自分の意思でちゃんと選び返せる人だってことを、よく知ってるのよ」
「俺なんざたった二度三度の接触で身に染みたクチだからな」
「相馬司さんとの一件で、私、泣きながら黒川くんを責めたんだけど……」
悠一の体が、一瞬反応したように思えた。
悪夢が蘇ったのだろうか。
吹き出しそうになったが、里子は続けた。
「私はその事を今、もの凄く後悔してる」
「後悔? 俺もその話は橘から漏れ聞いたが、まあ正当の範囲内だと思うがなぁ」
「いや、大失敗よ。三笠里子人生最大のミス。取り消したいくらい」
出来ることならば、あの日に戻りたい。
相馬司と対峙したあの日に。
そしたら私は。
「さっき陽天で出会った少年達と話して、気付いたの。正しいと思って行ってる人の目には、迷いがないし自信がみなぎってる。少年がやった事と、黒川くんがやった事は、その時の目的に違いはあったけど、基本は同じ想いに基づいてた」
「つまり、相馬司を救いたい?」
「うん。そうだと思う。……でも、決定的に違った点があるのよね……」
「それは?」
里子は目を閉じた。
あの時の自分から目を反らすように。
加えてひとつ、深い溜め息。
あの時の自分に吹き掛けるように。
それからゆっくり目を開けた。
「神様に選ばれた人間の傍に、それぞれ付き添ってた人物。この人達の行動は、全く対照的だった」
「……」
水野は『無言』で理解を示した。
やっぱりこの人は賢い。
賢い人との会話はテンポが心地好い。
なにも『言葉』だけが会話を成り立たせる要素じゃない。
『沈黙』こそが、最も多くを物語る場合だってある。
「眼鏡少年くんは、キラキラ少年くんを助けた。ああやって罵倒出来るのは、やるべき事をちゃんとやったからよ」
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