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小さく頷くと、ルームミラー越しに水野と目が合った。
この人の言いたい事も、何となく分かってしまう。
先を越される前に、自分から笑いかけた。
「そりゃあ、私も一緒に行きたいけどさ。でも、人には適性ってものがあるでしょ。私が行ったって、何も出来ないもんね」
「里子くんは……。……あー、いや、なんでもない。聞かなかったことにしてくれ」
ミラー越しに目を合わせたまま、水野が珍しく歯切れの悪さを披露する。
やっぱり言いたい事が分かったため、里子は苦笑いで呼び掛けた。
「水野さん」
「なんだい?」
再び交差点に差し掛かり、水野の注意はルームミラーから逸れた。
右折するために対向車を睨み付ける様は、まるでハンターだ。
それでもチラチラミラーを窺う優しさが、里子の心に染み渡る。
「水野さん。私は嫌よ? 分かってると思うけど、凄く嫌。嫌で嫌で堪らないのよ、本当は」
「……それは、どっちが?」
どっちが。
黒川くんが、相馬司に会うことが。
黒川くんを、選ばれた人間だと認めることが。
多分、後者が。
「もし本当に選ばれたんだとしたら、選んだ神様がめちゃくちゃ憎いわよ。多分もう二度と、両手を合わせて天に祈ることはないわね」
「はははっ! 神頼みじゃないとすれば、どこに頼る?」
「母頼み」
「なるほど」
そりゃ納得。
「でもね水野さん。例え黒川くんが選ばれたんだとしても、黒川くんには、それを無視することだって出来るわけよ」
「ああん、まーなあ。成果を報告書にまとめて提出するわけじゃない」
「例えばね? 世界の『正義』と『悪』のバランスを保つために、神様は黒川くんに、正義だけじゃなく悪事を唆せる場合もある。万引きとか、人を傷付けたりとか、そんな事を黒川くんにあてがうの」
「『正義』と『悪』のバランスね。確かに、『正義』だけじゃあ世界は回らないかもな」
理不尽な話だがよ。
そう付け加える水野は、中々通過出来ない交差点に対してぼやいているように聞こえた。
「じゃあそんな時、黒川くんはどうすると思います?」
「悩む必要もない質問だな。間違いなく拒絶するだろ。天誅が下るとしても、天に睨み効かせて迎え撃つ……!」
「あはははっ! でしょ? そう思うよね、水野さんも」
あまりに期待通りの返答だったので、里子は盛大に笑った。
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