8.相馬司

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また水野は何も言わない。 「でも私は違う。予想の範疇を越えてたとはいえ、寸前に気付けば良かったのに。それに、その後だって」 「いや、その点を里子くんが負う必要は全くないぜ?」 里子の言葉を切るかのように、ようやく水野が答えた。 「俺がその場にいたとしても、助ける事は出来なかったはずだ。ま、盛大に相馬司に説教食らわしてただろうが」 お尻ぺんぺんは譲らねーなぁ。 「あははっ」 笑いながらも、痛烈に思い知った。 ほら、そこですよ水野さん。 私は、相馬司を叱ることさえ出来なかった。 正しいのは黒川くんだ。 彼女の蛮行を注意して、止めさせようとしただけだ。 正しい事をしたのに。 私は、泣きながらそれを非難した。 偉そうに。 さも自分が正しいかのように。 黒川くんの手の平の傷は、かなりのものだったと思う。 焼かれた瞬間や、その後の大学の講義中も、痛みに耐えていたんだと思う。 何も言わないから。 平気な顔してるから。 本当に大したことないのかと思ってしまう。 でもそれこそが黒川くんの思惑で。 私にそう思わせるための無表情だと、気付くべきは私なのに。 「うあーーっダメだ私ーーっっ!!!」 後悔の念が脳内を渦巻いたせいで、思わず絶叫してしまった。 車体が一瞬よろめいた。 さすがの悠一もこっちを振り返った。 細めた目が里子を睨んだ。 「す、すんません」 色気の無い謝罪を施し、里子はシレッと窓の外に目を反らす。 気が付けば、もうW大の敷地に入っていた。 「東門でよかったのかー?」 「いや、今日は西門が助かる」 「りょーかいっ!」 水野の軽快な声に、里子は慌てて運転席側に身を乗り出した。 「いや! 東門前でいいですっ!」 「へ? 姫はああ言ってるぞ黒川」 「やかましい、西門前だ」 「やかま……」 それは一体誰に向けた言葉だ黒川。 「……どうもありがとう」 身も心も恐縮するしかない里子だった。 7号館から最も近い西門前の歩道に、ハザードを焚いたカローラが滑らかに乗り上げた。 こちら側は正門ではなく、駐在所が存在しない。 その上、門幅が極めて狭いため、車の侵入は不可能だ。 「水野さん、無理言ってごめんなさい。本当にありがとうございます」 「無理言ったのは黒川だ」  
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