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また水野は何も言わない。
「でも私は違う。予想の範疇を越えてたとはいえ、寸前に気付けば良かったのに。それに、その後だって」
「いや、その点を里子くんが負う必要は全くないぜ?」
里子の言葉を切るかのように、ようやく水野が答えた。
「俺がその場にいたとしても、助ける事は出来なかったはずだ。ま、盛大に相馬司に説教食らわしてただろうが」
お尻ぺんぺんは譲らねーなぁ。
「あははっ」
笑いながらも、痛烈に思い知った。
ほら、そこですよ水野さん。
私は、相馬司を叱ることさえ出来なかった。
正しいのは黒川くんだ。
彼女の蛮行を注意して、止めさせようとしただけだ。
正しい事をしたのに。
私は、泣きながらそれを非難した。
偉そうに。
さも自分が正しいかのように。
黒川くんの手の平の傷は、かなりのものだったと思う。
焼かれた瞬間や、その後の大学の講義中も、痛みに耐えていたんだと思う。
何も言わないから。
平気な顔してるから。
本当に大したことないのかと思ってしまう。
でもそれこそが黒川くんの思惑で。
私にそう思わせるための無表情だと、気付くべきは私なのに。
「うあーーっダメだ私ーーっっ!!!」
後悔の念が脳内を渦巻いたせいで、思わず絶叫してしまった。
車体が一瞬よろめいた。
さすがの悠一もこっちを振り返った。
細めた目が里子を睨んだ。
「す、すんません」
色気の無い謝罪を施し、里子はシレッと窓の外に目を反らす。
気が付けば、もうW大の敷地に入っていた。
「東門でよかったのかー?」
「いや、今日は西門が助かる」
「りょーかいっ!」
水野の軽快な声に、里子は慌てて運転席側に身を乗り出した。
「いや! 東門前でいいですっ!」
「へ? 姫はああ言ってるぞ黒川」
「やかましい、西門前だ」
「やかま……」
それは一体誰に向けた言葉だ黒川。
「……どうもありがとう」
身も心も恐縮するしかない里子だった。
7号館から最も近い西門前の歩道に、ハザードを焚いたカローラが滑らかに乗り上げた。
こちら側は正門ではなく、駐在所が存在しない。
その上、門幅が極めて狭いため、車の侵入は不可能だ。
「水野さん、無理言ってごめんなさい。本当にありがとうございます」
「無理言ったのは黒川だ」
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