297人が本棚に入れています
本棚に追加
ケイラは帯刀した刀を鞘ごと抜く。
余裕の表れか、それとも不殺である為かは分からない。ただその切っ先はまっすぐバイラスを狙っている。
「バゥッ!」
一瞬の余韻もなく、火蓋を切ったのはバイラスからだった。
岩山の中で適応し特化した後ろ足の跳躍は並みの物ではなく、狼の弾丸とでも言うべきスピードでケイラに襲いかかった。
「よっ」
ケイラはそのスピードに一瞬も戸惑うことなく、剣を水平に構えてその牙に噛ませる盾とする。
バイラスは噛みついた物を離そうとしない。このままではいずれボロボロな剣ごと噛み砕かれると、そう不安すら感じさせない程、一瞬で決着がついた。
「ぜやっ!」
ケイラはすかさず、バイラスの腹部を蹴り上げた。
「ギャウ!」
鋭い牙が折れ、血の混じった嘔吐物を撒き散らしながら地面へと叩きつけられていく。
「これで終わりだ」
そして、ケイラは鞘から剣を抜いた。
混じりけのない殺意の籠もった目で、叩きつけられ、悶えるバイラスの首に突き刺し弧を描くようにして一瞬の内に跳ねる。
「ガッ……」
首が転がり、ピクリとも動かなくなった。
ケイラはすぐさま血のついた剣をしまいなおす。
「怪我はないか?」
未だ、竦みあがっているリアンの肩を叩いて緊張を解す。
「なんとか……その」
倒れた胴体を横目で見ては目を逸らす。
彼女自身、こういう覚悟をしていなかった訳ではなかったが、それ以上にケイラの殺意に畏怖していた。
一つ一つの動きに容赦がなく、剣を持った時に感じた彼の心そのものに。
「はぁ、まだ登ってもないのに。そんな顔やめてくれよ」
「は、はい!」
どうにも頼りなく、間の抜けたような顔をしているリアンに溜め息をつく。
申し訳ないと、無理やりに身体を動かして岩山を登ろうとした。
「あ……待て、こいつの皮と牙を剥ぐから手伝え」
「剥ぎ取りですか?」
だが彼にまた呼び止められて、今度は腰から別の小型ナイフを取り出して言う。
彼は、狩った獲物を細かく分別しようとしている。主にギルドで働く者たちに求められるが旅するなら必須の技術だ。
「当たり前だ。倒してしまったんだからな」
「倒してしまった……から」
奪ってしまったその命に対する彼なりの礼儀、その時の殺意など今は微塵も感じさせなかった。
最初のコメントを投稿しよう!