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粗方、鉄鉱石を手で抱えられる程の籠で一杯になるとこれで十分だと帰り支度を始めた。苦労してきた割に本当に時間はかからなかった。
「帰りは楽なんですよ。ほら、このトロッコに……ケイラさん?」
採掘場所のすぐ奥にトロッコとレールが敷いてあった。
レールの先は採掘場所の地下へと下り麓までのびているようで、乗れば歩くより確実に速いだろう。
「いや、俺。歩いて帰るから」
しかしケイラはそう言って採掘場所を出ようとする。
この時、平静を装っているように見えるが、声はかなり震えていた。
「今歩いたら夜になりますよ」
だが、彼の服の裾を引っ張って誘導する。
「いや、本当にいいって!」
笑ってごまかしつつ振り払おうとするがリアンも中々採掘場所から出してくれない。
「駄目! 俺、馬とかハーピィーみたいにスピード出るのとか本当に駄目!」
次第に隠すのをやめてしまった。
「目を瞑ってれば、すぐですよ」
だとしても夜に歩かせてはならないと、山の危険を知ってるからこそリアンも意地になる。
「お前、囮にしたこと怒ってるだろ! 悪かったから!」
とうとう、情けなくも子供みたいな言いがかりをつけてしまう。
「気にしてませんよ。そんなこと」
彼女は、ケイラの役に立ちたい気持ちでやっていたのだから怒りなどない。
「ほら、行きますよ」
コートの裾を引っ張って連れて行く。
「途中で外れないだろうな!」
「作ったのは私の親方ですから、私が保証します」
彼女の信頼する親方の力作だと説得を繰り返す。
「本当だな!? いいんだな!?」
しつこいくらい念を押す。
「はい」
そんなケイラに眉一つ動かすことなく受け止めるリアン。
「本当に頼むぞ」
恐る恐るトロッコに足を入れ、観念したように乗り込む。
「行きますよ」
そこに鉄鉱石の入った籠を乗せて、トロッコのレバーを押す。すると支えを失ったトロッコはゆるりと進んでいく。
「あぁ……ぁぁ!」
下り方面、そこは目を凝らしても底の見えない未知の領域。ケイラは目を手で覆い隠して震えた声を漏らす。
そこへ徐々に勢いついてきたトロッコはその領域の中へ飛び込んでいく。
「やっほー!」
「…………」
リアンは真正面から当たる冷たい風やこのスピードを楽しんでいた。
それに反して、あれだけだだをこねていたケイラは魂が抜けてしまったかのように静かになる。
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