ほんの数秒

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口も動くが、どうにか手も動かして、ようやく片づけが終わろうとしていた時に、美里の声がした 「片付け済んだかぁ? 夕飯出来てるで 食べにおいで」 早川工務店は、耕介が二代目で 喜三郎という、性格も名前もレトロな耕介の父親が一人で大きくしたのだ まだ仕事の出来る体力もあるのだが、『もう充分働いたわ』と さっさと隠居してしまった 仕事をしていた頃は 厳しさも半端では無かったが 隠居してしまった今は 「気のいいじいさん」になっていて 基喜の事をからかうのも楽しみにしている それでも趣味で、テーブルや椅子、吊り棚などを作ってみては 馴染みの家具屋に持ち込んで、小遣い稼ぎをしたりもしている 若い職人や、見習いを住み込みで雇い始めたのも、この喜三郎で 頑固な厳しい人だけに、逃げ出してしまう若者も居たけれど 残った者達は、どこに行っても通用する、立派な職人になり 今居る秀行や基喜達も、喜三郎から学ぶ事は沢山あり 秀行などは、何処かに部屋を借りて出て行く事も出来るのに のらりくらりと言い訳をしては、未だに居座って 時に、彼女である優美の所に泊まったりしているのだ 「お前、彼女と住めや」 と、耕介が言っても 「俺はまだ、女に縛られたくないんです」 と言い放つ そのうち、居なくなるのも寂しいという部分もあって 誰も何も言わなくなったのだ 食事は美里が用意して、皆で食べる この日は葵も食事の用意を手伝い、一緒に食卓に着いた 大きな座卓に、沢山の物が並べられる この座卓も、喜三郎が現役の時に作ったもので、そこで皆が揃って食事をする事を 今はとても楽しみにしていた
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