走り出せ、俺達

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「とりあえず、やるか」 音を止め、マイクを通して呼び掛けてみる。 「よし、ハイスタやろ。staygold」 オカジマが言う。 お前、それ好きだな。 俺的にはサムライマシンガンのオリジナル曲がよかったんだが、まあ、3人しかいないんだし、腕慣らしにもちょうどいいかと思い、乗ることにした。 リョータも異論はないようだ。 弦をミュートにして呼吸を整える。 いいぜ。 オカジマに合図を送る。 そしてギターのリフ。 リズムを支えるバスドラ。 アクセントのスライドアップ。 数え切れないくらい聴いた定番のイントロ。 否応なしに、体に眠っていた音楽細胞が爆発的に目を覚ます。  変わらない毎日  働いて暮らすだけの日々  俺にも夢があったなんて  誰も知らない  遠い昔に忘れちまったんだ この歌詞。 当時は分からなかった。 30になって、その意味の片鱗に触れた気がする。 今、音楽が時間を繋いでいる。 俺たちはすっかり歳をとっちまったけど、今ここにある音楽は間違いなくあの日の続きだ。 集まって、音を出す。 かつては生活の一部だったそれだが、こんなにも特別な行為になっちまうなんてな。 それでいいと納得した俺がいた。 決断が間違っていたとは思わない。 だけどこうして音を出し合っている時間は理屈じゃない。  忘れねえよ  心の輝きは失わない  忘れない  いつも心に staygold 俺は片手をあげて一度演奏をとめる合図を出す。 確認できた。 俺たちは枯れちゃいない。 心の輝きは失っちゃいなかった。 そしてもうひとつ。 大事な事を俺は笑顔で口にする。 「駄目だ。てんでバラバラ」 とたんに2人は大爆笑。 堪えきれずに俺もつられて笑う。 てめえらのリズムがなってねえんだよ。3点て言葉覚えてんのか。 何言ってんだ、お前のギターのチューニングだってボロボロじゃねえか。合わせられるもんも合わねえよ。 うるせえな。大体お前なんか弾けてねえじゃねえか。フレット握る握力も衰えたのか。 てめーこそFの音出てねえんだよ。全く進歩ねえな。 ... そうやって互いに罵倒を繰り返す。 楽しくてしょうがない。 ブランクが長すぎて、どれもすぐには修正できず、同じミスばかり。 結局1曲通して演れることは、その日なかった。 だけどこうしてまたみんなでバンドがやれる喜び。 1人足りねえけど、きっと空の上から俺たちの様子を笑い転げて見ているさ。 こうしてこの日、サムライマシンガンは再始動したんだ。
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