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裕司は狼の死体に近づいた。右手を伸ばし狼に触れる。すると、狼の死骸は近くにある土や草もろとも裕司の右の掌に吸い込まれた。それは本当に瞬間的な出来事で、知らない人が見たらあまりの不可思議な現象に腰をぬかしてしまうだろう。
右手で対象物に触り、それを裕司の右手に吸い込ませたかのような現象は、裕司が身体の表明上に任意に作り出せる異空間への入口に物体を吸い込ませただけである。
この一連の動作を“吸収”と呼んでいる。
少し前まで確かに存在していた狼は跡形もなく消え去り、そこにはまるで最初から何もなかったかのように。
今までもそうだがここからが特に裕司の能力の見せ場。
まず、異空間に取り入れたばかりの狼を想像する。すると途端に、裕司に取り込まれる直前の狼が鮮明に頭に浮かび上がる。これはイメージという曖昧なものじゃなく、写真やビデオのように細部までくっきりと映し出される。裕司はこれを能力を有効活用するための補助的な機能の1つと認識している。
裕司に刺された傷跡を既存の素材で治療、もとい補修を行い、戦前と同等の状態にする。
「この時点で終わらせても充分通用しそうだが、これからの相棒にするつもりだし、強化しとくか」
細部まではっきりと脳内に描き出された雄々しい狼に、裕司好みの素材を次々に組み込む。筋肉の増量、増強に皮膚の硬化、爪や牙の切れ味の上昇、毛並みはよりつややかに、と挙げればキリがないほどに。最後に知識や命令事項を脳に刻み込んでいく。
「完成っと」
裕司がそう言い終わらないうちにまるで裕司の体から飛び出てくるかのゆうに狼が現れた。
ワオォォォォン
狼は一回遠吠えをし、裕司の目の前で頭(こうべ)を垂れた。
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