物語の始まり

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―――ヒュン。 相手の木刀は、見事に空を切った。 すんでのところで、藍の身体は後ろへのけ反り、そのまま宙を舞った。 トン……と重力を思わせないような身の軽さで地に降り立つ。 「しまった……。」 藍の言動に、相手と原田は目を見開いたが、土方だけは何かを見据えるように、目を細める。 避けるつもりはなかった。 下手に強いところを見せてしまうと、何かと目立ってしまう。 それだけは避けたかった。 ただ、それ以上に負けるつもりもなかったのだ。 藍が避けたのはほとんど無意識。 身体が咄嗟に反応したのである。 「……これは、楽しめそうですね。」 相手はまた、笑顔になった。 しかしその笑顔に最初のような余裕はなく、本当に楽しめそうだという笑顔だ。 「そろそろ本気を出したらどうです? 早く楽しませてくださいよ。」 「さ、最初から本気だ!」 その言葉に嘘はない。 いくら剣を握るとはいえ、藍は女。 それを見越して、藍の先生は藍に回避、もしくは遠距離攻撃を重点的に教え込んだ。 せめて戦いに巻き込まれても、生き延びられるように―――……。 それがここでは裏目に出た。 剣だけの勝負なら、勝てるはずがない。 ましてや決着が着くまで終わらないのなら、なおさらだ。 藍は心の中で舌打ちをした。 「楽しませてくださいね?」 言い終わるや否や、相手の姿が消えた。 「どこ見てるんです?」 背後から聞こえた声に、姿を確認しようと振り返ったが、時すでに遅し。 強烈な一撃が、藍の右腹部に入った。
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