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『湯川先生……』
ある昼下がり。窓からは、暖かい日が射し、それに照らされた彼を見つめて薫は言った。
雑誌を熟読していた湯川は、彼女の声であっさり現実に戻ってきた。日の光の暖かさに、ようやく気付いた。
「……ん?」
彼は、普段は見せない優しい目を向ける。それが、何故だか胸を締め付ける。自分でもわからない大きな不安がどこからともなく現れて、彼女を襲った。
『……どこにも…行かないでくださいね』
突然、寂しそうな声を聞かされ、湯川は動揺した。どうしたんだ、そう聞くと彼女はゆっくりと話し出した。
今があまりにも平和で、幸せで、満ち足りていて、自分はもしかしたら、出来すぎた夢を見てるのかもしれない、そのうち夢が覚めるのと一緒に、先生さえいなくなりそうでこわい……………と。
そんな彼女さえ愛おしい。
湯川は不覚にもそんな考えが頭をよぎった。
少し涙目になった彼女の頬を両手で包み込み、触れるだけのキスをすれば、涙で少し辛い。
「今更、君を置いてどこへも行けないよ」
優しい言葉に薫の涙は溢れ続けた。
Fin
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