一語り

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その日はどしゃ降りの雨だった。最悪の天気。まるで今日この日の為に用意されていたみたいだった。 線香の臭いがほんのりと鼻をついた。けれどすぐ、雨の臭いと混じって消えた。 知っている人は少ない。親戚と、ちょっと顔見知りのお姉ちゃんの友人だけ。後は誰なんだろう。 みんな泣いてる。 みんな泣いてるけど不思議と私の目からは涙が出なかった。 唐突すぎたのか、それとも幼すぎた故に、死を理解出来なかったのかもしれない。 でもあの日、確かにまだ姉が生きているような気がしたんだ。 また線香の臭いがした。姉が横たわる前まで近寄る。 姉の肌は雪のように白くなっていた。 あの日の私は少し姉の顔を見た後、すぐにその場を離れてしまったらしい。 あの時は、そこに横たわった人が自分の姉だと分かっていなかったのかもしれない。 全くの別人に見えていたのかもしれない。 靴の中に雨が染み込んだ。まだ雨は止む気配はない。 親戚のおばさんが私に慰めの言葉を掛けた。私は俯いたまま何も応えなかった。するとしばしの沈黙の末、おばさんは黙って私から離れた。 雨の音が耳にまとわりつく。 止まない。雨の音しか聞こえない。 『……リ………サ…』 一瞬、ほんの一瞬だけ雨の音に混じって姉が私の名を呼んだ。 ああ…お姉ちゃんはまだ---。 .
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