先輩と私とスニス司教

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ガコン。 この暑さに苛ついたような乱暴な音を立てて、ジュースが落ちてきた。 「ふぅ…」 ただ今夏休み。 先輩は、高校3年生だ。 先輩、進路どうすんだろ。スニス司教なんか呼び出してていいのかな。 暑さでぼうっとした頭でそんなことを考える。 …そんなこといったら私もなんだ。 高2の夏休み。 彼氏とか、勉強とか、友達とプールとか。 よくかんがえたら、そういうこと全部を放り出して私は学校(ここ)にいるのだ。 「なんで…」 こんなはずじゃなかった、とは言わない。オカルト部には私が自ら望んで入ったのだ。 ――――― 去年の春、高校生になったばかりのころだった。 先生に頼まれごとをされた私は、少々帰るのが遅くなって。 先生は、送るぞと言ってくれたのだが私は春の夜風が好きだったからお礼だけして歩いて帰ることにした。 春の夜の学校は、桜が薄明かりに照らされて夢のなかみたいだった。 私はふと、一際おおきな桜の下に、人影をみつけたのだ。 (…この学校の先輩かな?) 私の学校は私たちの代から制服が変わったから、先輩たちはすぐわかった。 その人は、その桜がいとおしいものであるかのように熱心に見上げていた。 「きれいですね」 私は思わず声をかけた。その先輩は振り向いて、嬉しそうに少し笑った。 「わかるか」 わかる?わかるもなにも綺麗なものは綺麗だろう。 価値観の話か何かと思って、私は頷いた。 「綺麗な桜の下には死体が埋まってるんだ」 先輩はいつの間にか私の前にいた。 桜が散っていく様が余りに美しくて気づかなかったけれど、先輩の顔形もそうとうきれいだった。 「気をつけて帰れよ」 そう言い残すと、すっと私の横をすりぬけ、校門に向かって歩いていってしまった。 桜はあいかわらずすごい勢いで散っている。なにをそんなに急いでいるのか。 その時。私は桜の異変に気付いた。 先輩がいた時はこうだっただろいか。 桜が、紅すぎたのだ。 私の上に血のように降る桜が、いなくなった先輩を確かに欲していた。 (気を付けて帰れよ) 一体、なにに? 先輩の声が頭の中で呪文のようにリフレインする。 私は門に向かって駆け抜けた。
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